1 00:00:06,000 --> 00:00:12,074 広告出稿をお考えの方へ お問い合わせは www.OpenSubtitles.org まで 2 00:00:24,666 --> 00:00:29,083 以下の作品は英国の チャンネル7用に⸺ 3 00:00:29,166 --> 00:00:33,333 1978~1981年にかけて 撮影されたが⸺ 4 00:00:33,416 --> 00:00:36,375 放送されなかったものである 5 00:00:43,750 --> 00:00:44,833 さてと 6 00:00:45,583 --> 00:00:48,750 ここが私の執筆用の小屋だ 7 00:00:50,000 --> 00:00:52,875 ここで過ごして30年になる 8 00:00:52,958 --> 00:00:53,708 奇才ヘンリー・シュガーの物語 他3編 9 00:00:53,708 --> 00:00:55,916 奇才ヘンリー・シュガーの物語 他3編 一番大事なのは⸺ 10 00:00:55,916 --> 00:00:56,000 奇才ヘンリー・シュガーの物語 他3編 11 00:00:56,000 --> 00:00:57,541 奇才ヘンリー・シュガーの物語 他3編 執筆前に必要な物を そろえること 12 00:00:57,541 --> 00:00:59,541 執筆前に必要な物を そろえること 13 00:01:01,083 --> 00:01:05,208 タバコはもちろん コーヒーにチョコレート 14 00:01:06,958 --> 00:01:10,875 鉛筆は芯が とがってないといけない 15 00:01:12,916 --> 00:01:16,458 それを6本 そして執筆台の掃除だ 16 00:01:18,583 --> 00:01:20,500 消しカスが残ってる 17 00:01:21,833 --> 00:01:22,666 いいぞ 18 00:01:24,958 --> 00:01:27,125 ようやく執筆開始 19 00:01:30,125 --> 00:01:33,916 大抵 何ヵ所か 直しが入るものだ 20 00:01:36,458 --> 00:01:37,291 よし… 21 00:01:47,250 --> 00:01:51,041 ヘンリー・シュガーは41歳 独身で裕福 22 00:01:51,666 --> 00:01:54,625 裕福なのは亡き父のお陰 23 00:01:54,708 --> 00:01:58,791 独身なのは 妻と金を分けたくないから 24 00:01:58,875 --> 00:02:03,291 身長188センチ 二枚目と うぬぼれてる 25 00:02:03,375 --> 00:02:08,250 服には非常に気を配る スーツは高級テーラー 26 00:02:08,333 --> 00:02:11,666 シャツと靴は 専門店でオーダー 27 00:02:11,750 --> 00:02:14,583 10日に1度 理髪店で整髪 28 00:02:14,666 --> 00:02:17,458 マニキュアも忘れない 29 00:02:17,541 --> 00:02:21,666 車はフェラーリ 値段は田舎の家1軒ほど 30 00:02:23,291 --> 00:02:27,000 友人も裕福で 彼は働いたことがない 31 00:02:28,000 --> 00:02:32,500 彼のような男は 世界中に山ほどいる 32 00:02:32,583 --> 00:02:36,291 特に悪人ではないが 善人でもない 33 00:02:37,458 --> 00:02:39,416 人生の彩りの一部 34 00:02:41,375 --> 00:02:43,625 彼のような金持ちは⸺ 35 00:02:43,708 --> 00:02:47,875 共通点がある 金に対する強い衝動だ 36 00:02:48,791 --> 00:02:51,625 1000万ポンドでも満足せず 37 00:02:51,708 --> 00:02:54,583 飽くなき欲望に苛(さいな)まれ 38 00:02:54,666 --> 00:02:58,250 明日は口座の金が ゼロかもと怯(おび)え 39 00:02:58,333 --> 00:03:01,583 あの手この手で利殖に励む 40 00:03:01,666 --> 00:03:02,291 株を買い 一喜一憂する者 41 00:03:02,291 --> 00:03:04,333 株を買い 一喜一憂する者 “ジプシー・ハウス” 42 00:03:04,333 --> 00:03:04,416 “ジプシー・ハウス” 43 00:03:04,416 --> 00:03:05,250 “ジプシー・ハウス” 土地や美術品に投資する者 カジノや競馬 44 00:03:05,250 --> 00:03:09,333 土地や美術品に投資する者 カジノや競馬 45 00:03:09,416 --> 00:03:11,416 何にでも賭ける者 46 00:03:11,500 --> 00:03:15,541 ヘンリーも同類 イカサマも辞さない 47 00:03:16,500 --> 00:03:21,166 ある夏の週末 彼はウィリアム・W卿を訪問 48 00:03:21,250 --> 00:03:23,583 屋敷も庭も壮麗だが⸺ 49 00:03:23,666 --> 00:03:27,166 到着した土曜は 土砂降りだった 50 00:03:27,250 --> 00:03:30,458 皆がゲームに 興じている一方で⸺ 51 00:03:30,541 --> 00:03:34,708 不機嫌そうに 雨粒を眺めるヘンリー 52 00:03:34,791 --> 00:03:38,041 ヘンリーは 客間を抜け出した 53 00:03:38,125 --> 00:03:42,375 当てもなく邸内を歩き 入ったのは書斎 54 00:03:45,250 --> 00:03:47,416 卿の父は蔵書家 55 00:03:47,500 --> 00:03:52,291 四方の壁は天井まで 革装丁の本でいっぱい 56 00:03:52,375 --> 00:03:57,166 推理小説とスリラーしか 読まない彼には退屈だ 57 00:03:57,250 --> 00:04:01,500 帰ろうとして 変わった物に目が留まる 58 00:04:01,583 --> 00:04:06,541 突き出ていなければ 薄くて見逃しただろう 59 00:04:06,625 --> 00:04:08,166 棚から抜く 60 00:04:08,250 --> 00:04:12,166 子供が学校で使う 筆記帳のたぐいだ 61 00:04:12,250 --> 00:04:14,833 濃紺の表紙に表題なし 62 00:04:14,916 --> 00:04:18,750 1ページ目に きれいな手書き文字で… 63 00:04:18,833 --> 00:04:21,666 “イムダッド・カーン面談記 目を使わずに見る男” 64 00:04:21,666 --> 00:04:22,166 “イムダッド・カーン面談記 目を使わずに見る男” 奇妙で不思議だ 65 00:04:22,166 --> 00:04:22,250 奇妙で不思議だ 66 00:04:22,250 --> 00:04:23,958 奇妙で不思議だ “医学博士 Z・Z・チャテルジー” 67 00:04:24,791 --> 00:04:25,666 何なんだ? 68 00:04:26,291 --> 00:04:29,750 彼は椅子に収まり 読み出した 69 00:04:29,833 --> 00:04:33,083 書かれていたのは 次のような話だ 70 00:04:37,958 --> 00:04:41,916 私はカルカッタの 病院の外科部長だ 71 00:04:42,000 --> 00:04:46,291 1935年12月2日朝 休憩室で休んでいた 72 00:04:46,375 --> 00:04:49,916 マーシャルら 同僚3人と一緒だ 73 00:04:50,000 --> 00:04:51,500 そこへノック 74 00:04:51,583 --> 00:04:52,750 “どうぞ”と私 75 00:04:54,458 --> 00:04:57,750 失礼ながら お願いがあります 76 00:04:57,833 --> 00:04:59,500 “医師専用だぞ” 77 00:04:59,583 --> 00:05:04,791 突然ですみません お見せしたいことがあって 78 00:05:04,875 --> 00:05:07,208 我々は迷惑顔で黙る 79 00:05:08,208 --> 00:05:12,375 私は目を使わずに 見ることができます 80 00:05:13,208 --> 00:05:18,375 小柄で60歳前後 口ひげ 濃い耳毛が目立つ 81 00:05:18,458 --> 00:05:23,500 包帯で何重に巻かれても 私は本が読めます 82 00:05:23,583 --> 00:05:27,166 本気のようだ 興味が湧いてきた 83 00:05:27,250 --> 00:05:28,250 入って 84 00:05:35,166 --> 00:05:38,791 では 彼は指を 何本 立てている? 85 00:05:38,875 --> 00:05:39,583 7本 86 00:05:40,291 --> 00:05:40,875 9本 87 00:05:41,666 --> 00:05:42,375 3本 88 00:05:42,875 --> 00:05:43,708 また3本 89 00:05:43,791 --> 00:05:44,791 これは? 90 00:05:45,333 --> 00:05:46,416 立ててない 91 00:05:48,458 --> 00:05:49,333 トリック? 92 00:05:49,416 --> 00:05:53,333 長年の修行による 本物の能力です 93 00:05:53,416 --> 00:05:54,708 どんな修行? 94 00:05:54,791 --> 00:05:57,208 ご勘弁を 話せません 95 00:05:58,125 --> 00:05:59,291 では なぜ? 96 00:05:59,375 --> 00:06:02,333 旅の一座で 初めてここへ 97 00:06:02,416 --> 00:06:05,791 今夜ロイヤル・ホールで 初公演が 98 00:06:05,875 --> 00:06:09,708 “目を使わずに見る男”が 売り文句です 99 00:06:09,791 --> 00:06:13,250 一座が町に着くと 病院を訪ね 100 00:06:13,333 --> 00:06:16,791 先生に包帯で 目隠しを頼みます 101 00:06:16,875 --> 00:06:21,208 お医者さんでないと 皆が疑いますから 102 00:06:21,291 --> 00:06:24,041 そして道路で危険な技を 103 00:06:24,125 --> 00:06:28,791 他の2人は患者が待ってた “行ってくれ” 104 00:06:28,875 --> 00:06:33,708 だがマーシャル先生は… “面白い 完璧な目隠しを” 105 00:06:33,791 --> 00:06:36,208 どうも ではお好きに 106 00:06:36,291 --> 00:06:40,291 まず眼窩(がんか)を 軟らかい物で埋めないと 107 00:06:40,375 --> 00:06:44,375 “パン生地は?” 頼む まぶたを封印しとく 108 00:06:44,458 --> 00:06:46,916 私はカーンを診療室へ 109 00:06:47,000 --> 00:06:50,666 寝かせると コロジオンの瓶を手に 110 00:06:50,750 --> 00:06:52,916 まぶたを接着する 111 00:06:53,000 --> 00:06:54,291 後で取れます? 112 00:06:54,375 --> 00:06:57,833 アルコールで拭けば 薬は溶ける 113 00:06:57,916 --> 00:07:00,583 固まるまで閉じていて 114 00:07:00,666 --> 00:07:04,041 2分経過 “開けられる?” 無理だ 115 00:07:04,125 --> 00:07:08,000 届いたパン生地を 目に塗っていく 116 00:07:08,083 --> 00:07:12,000 眼窩を埋め 周囲の皮膚まで伸ばす 117 00:07:12,083 --> 00:07:15,583 もう片方も 端を強く押しつける 118 00:07:15,666 --> 00:07:17,166 “不具合はない?” 119 00:07:17,250 --> 00:07:18,416 ちっとも 120 00:07:18,500 --> 00:07:22,000 包帯を頼む 指がベトベトなんだ 121 00:07:22,083 --> 00:07:24,833 喜んで その前にこれを 122 00:07:24,916 --> 00:07:29,375 厚い脱脂綿を載せた しっかり生地に付いてる 123 00:07:29,458 --> 00:07:30,583 体を起こして 124 00:07:31,125 --> 00:07:34,416 8センチ幅の包帯を 巻いていく 125 00:07:34,500 --> 00:07:36,833 鼻は巻かないで 126 00:07:36,916 --> 00:07:37,750 もちろん 127 00:07:38,750 --> 00:07:41,708 きつい所はピンで留める 128 00:07:44,166 --> 00:07:45,166 どうだい? 129 00:07:45,250 --> 00:07:48,708 “見事だ” まるで脳手術の患者だ 130 00:07:48,791 --> 00:07:49,666 気分は? 131 00:07:49,750 --> 00:07:53,916 いいです 完璧な仕事に感謝します 132 00:07:54,000 --> 00:07:57,166 カーンはベッドを下り ドアへ 133 00:08:04,291 --> 00:08:07,458 驚いたな ノブをつかんだぞ 134 00:08:07,541 --> 00:08:08,958 笑みが消える 135 00:08:09,541 --> 00:08:14,458 平然と歩くカーン 5メートル後方を尾行する 136 00:08:14,541 --> 00:08:19,000 巨大な白い頭の男が 歩く姿は不気味だ 137 00:08:19,083 --> 00:08:22,875 “彼はワゴンが見えてる 信じられん!” 138 00:08:22,958 --> 00:08:27,166 マーシャルはショックで 顔がこわばってる 139 00:08:27,250 --> 00:08:31,208 階段を下るカーン 手すりも使わない 140 00:08:31,291 --> 00:08:33,750 すれ違う人が驚く 141 00:08:34,875 --> 00:08:38,208 彼は下りきると 外へと続くドアへ 142 00:08:38,833 --> 00:08:41,166 我々は尾行を続けた 143 00:08:41,250 --> 00:08:44,500 “病院勤務医により 目隠し済み” 中庭には100人ほどの子供が 集まっていた 144 00:08:44,500 --> 00:08:46,166 中庭には100人ほどの子供が 集まっていた 145 00:08:46,250 --> 00:08:51,833 声援に応え 自転車に乗り 庭を8の字に走り出す 146 00:08:51,916 --> 00:08:54,708 熱狂し 追う子供たち 147 00:08:54,791 --> 00:08:57,583 彼は速度を上げ 表通りへ 148 00:08:57,666 --> 00:09:00,916 四方からクラクションが響く 149 00:09:01,000 --> 00:09:04,708 颯爽(さっそう)と走る彼を ただ見つめる我々 150 00:09:04,791 --> 00:09:06,750 角を曲がり 消えた 151 00:09:06,833 --> 00:09:10,375 マーシャルが言う “信じられない” 152 00:09:10,458 --> 00:09:14,250 “私もだよ” 奇跡を目撃したらしい 153 00:09:14,333 --> 00:09:16,875 その日は患者に追われ 154 00:09:16,958 --> 00:09:19,541 夕刻 着替えに自宅へ 155 00:09:19,625 --> 00:09:24,500 シャワーを浴び ベランダでハイボールを飲む 156 00:09:24,583 --> 00:09:27,500 7時にロイヤル・ホールへ 157 00:09:27,583 --> 00:09:30,833 2時間の公演を楽しんだ 158 00:09:30,916 --> 00:09:35,666 ジャグラー ヘビ使い 火食い術師 剣呑み師 159 00:09:35,750 --> 00:09:40,000 そしてファンファーレ カーンの登場だ 160 00:09:40,083 --> 00:09:43,041 観客に目隠しをさせると⸺ 161 00:09:43,125 --> 00:09:47,541 座員相手にナイフ投げ 頭上の缶撃ち 162 00:09:47,625 --> 00:09:51,458 最後にドラム缶が被せられた 163 00:09:51,541 --> 00:09:55,291 座員が片手に針 片手に糸を渡す 164 00:09:55,375 --> 00:09:57,708 拡大鏡が彼の前に 165 00:09:57,791 --> 00:10:02,458 カーンは1度目で 針の穴に糸を通した 166 00:10:07,208 --> 00:10:08,208 仰天だ 167 00:10:10,583 --> 00:10:14,625 楽屋の彼は 静かに椅子に座っていた 168 00:10:14,708 --> 00:10:16,416 興味が湧いた? 169 00:10:16,500 --> 00:10:17,666 “おおいに” 170 00:10:17,750 --> 00:10:21,583 飛び出た濃い耳毛に また目がいく 171 00:10:21,666 --> 00:10:23,916 他で見たことがない 172 00:10:24,000 --> 00:10:26,458 私は作家ではないが⸺ 173 00:10:26,541 --> 00:10:31,833 その力の習得法を 話してくれれば 私が記録し 174 00:10:31,916 --> 00:10:36,125 英国の医学誌か 有名誌に発表しよう 175 00:10:36,208 --> 00:10:38,375 君は有名になれる 176 00:10:38,458 --> 00:10:40,416 ありがたい “結構” 177 00:10:40,500 --> 00:10:43,333 カルテ用に速記が使える 178 00:10:43,416 --> 00:10:46,500 彼の話を正確に記録できる 179 00:10:46,583 --> 00:10:48,750 今から披露しよう 180 00:10:50,041 --> 00:10:53,541 カーンが語った話 逐語記録 181 00:10:55,708 --> 00:10:58,791 私は1873年 カシミール生まれ 182 00:10:58,875 --> 00:11:01,916 父は国営鉄道の検札係です 183 00:11:02,000 --> 00:11:06,833 ある日 学校に奇術師が 私は虜(とりこ)になりました 184 00:11:06,916 --> 00:11:11,375 2週間後 家出し 旅の一座に加わりました 185 00:11:11,458 --> 00:11:14,708 1886年 私が13歳の時です 186 00:11:14,791 --> 00:11:18,500 3年間 一座と パンジャブ中を回り 187 00:11:18,583 --> 00:11:21,125 最後は花形演者でした 188 00:11:21,208 --> 00:11:23,666 その間 貯金を続け 189 00:11:23,750 --> 00:11:27,541 ついに3000ルピーを 超えました 190 00:11:27,625 --> 00:11:32,958 その頃 空中浮揚をする ヨガ行者の噂を聞きます 191 00:11:33,041 --> 00:11:38,208 彼が祈ると 46センチまで 体が浮くのだとか 192 00:11:38,291 --> 00:11:40,708 話半分でもすごい 193 00:11:41,375 --> 00:11:42,208 白ひげ? 194 00:11:44,666 --> 00:11:46,000 一座を辞め 195 00:11:46,083 --> 00:11:51,375 ガンジス川のほとりの 行者が住むという町へ 196 00:11:51,458 --> 00:11:53,833 町で旅人の話を耳に 197 00:11:53,916 --> 00:11:58,958 そう遠くない密林の奥で 行者に会ったのだとか 198 00:11:59,041 --> 00:12:01,375 私は すぐ馬車屋へ 199 00:12:02,083 --> 00:12:06,291 御者と交渉中 同じ方向へ行く客が現れ 200 00:12:06,375 --> 00:12:09,291 馬車代を折半しようと 201 00:12:09,375 --> 00:12:12,166 何という幸運でしょう 202 00:12:12,250 --> 00:12:16,625 会話から 彼は行者の弟子だと分かり 203 00:12:16,708 --> 00:12:19,541 師に会いに行くとのこと 204 00:12:19,625 --> 00:12:23,416 “その方を捜してたんです ご紹介を!” 205 00:12:23,500 --> 00:12:28,458 長い沈黙の後 彼が言います “それは不可能だ” 206 00:12:28,541 --> 00:12:31,750 以降 彼の口数は 減りましたが⸺ 207 00:12:31,833 --> 00:12:34,416 1つだけ聞き出しました 208 00:12:34,500 --> 00:12:37,625 行者が瞑想(めいそう)を始める時間です 209 00:12:37,708 --> 00:12:41,958 弟子は馬車を止め 降りていきました 210 00:12:42,041 --> 00:12:46,875 馬車が角を曲がるや 私は飛び降り 引き返す 211 00:12:46,958 --> 00:12:51,750 彼の姿はありませんが 下草でガサガサ音が 212 00:12:51,833 --> 00:12:54,125 彼でなければトラです 213 00:12:54,208 --> 00:12:56,750 今にも飛びかかられて 214 00:12:56,833 --> 00:12:59,791 食べられると思いました… 215 00:13:00,958 --> 00:13:02,041 彼でした 216 00:13:04,125 --> 00:13:07,583 彼は道なき道を 歩き続けました 217 00:13:07,666 --> 00:13:11,791 行く手は高い竹やぶや 深い茂み 218 00:13:11,875 --> 00:13:15,833 90メートル背後から こっそり追います 219 00:13:15,916 --> 00:13:21,458 ほぼ見失っていましたが 彼の足音で追えたのです 220 00:13:21,541 --> 00:13:24,750 30分ほど 追いかけっこが続き 221 00:13:24,833 --> 00:13:27,666 突然 足音が消えました 222 00:13:27,750 --> 00:13:29,625 耳を澄ませます 223 00:13:29,708 --> 00:13:34,166 下草越しに空き地と 2軒の小屋が見えた 224 00:13:34,250 --> 00:13:39,208 近くの小屋の横に池 瞑想用の敷物も見えます 225 00:13:39,291 --> 00:13:44,208 上には太い枝に 葉の茂るバオバブの木が 226 00:13:44,291 --> 00:13:49,500 私は昼時の熱気 午後の湿気の中を待ち 227 00:13:49,583 --> 00:13:54,416 5時前に木に登ると 葉の陰に隠れました 228 00:13:54,500 --> 00:13:58,541 ついに行者が現れ 敷物の上で胡座(あぐら)を 229 00:13:58,625 --> 00:14:01,208 動きは静かで優雅です 230 00:14:01,291 --> 00:14:06,041 手のひらを 膝に置き 鼻から息を吸うと⸺ 231 00:14:06,125 --> 00:14:09,875 ある種の輝きが 彼を覆いました 232 00:14:09,958 --> 00:14:13,291 そして14分間 微動だにしない 233 00:14:13,375 --> 00:14:17,000 そして見たんです 誓ってもいい 234 00:14:17,083 --> 00:14:19,500 ゆっくり浮くのを 235 00:14:20,666 --> 00:14:24,333 30センチ 40 45 50 236 00:14:25,083 --> 00:14:27,166 ついに60センチ 237 00:14:27,250 --> 00:14:32,500 私の目の前で 男が宙に座っているんです 238 00:14:33,458 --> 00:14:37,416 私の時計で46分間 浮いていました 239 00:14:37,500 --> 00:14:39,708 やがて徐々に地面へ 240 00:14:39,791 --> 00:14:42,333 再び尻が敷物に接する 241 00:14:42,416 --> 00:14:47,291 私は木を下りると 手と足を洗う行者の元へ 242 00:14:47,375 --> 00:14:49,583 “いつから いた?”と彼 243 00:14:49,666 --> 00:14:54,791 そしてレンガを投げつけ 私の右膝下に命中 244 00:14:54,875 --> 00:14:57,000 今も傷が ご覧を 245 00:14:59,916 --> 00:15:04,791 でも偉大なヨガ行者は 逆上しないものです 246 00:15:04,875 --> 00:15:09,250 彼は恥じ 後悔し 己に失望していました 247 00:15:09,333 --> 00:15:12,625 そして弟子には できないが⸺ 248 00:15:12,708 --> 00:15:17,708 お詫びに簡単な教えを 授けると言うのです 249 00:15:17,791 --> 00:15:20,125 怒って当然なのに 250 00:15:20,208 --> 00:15:24,041 これが1890年 じき17歳の頃でした 251 00:15:26,000 --> 00:15:29,875 偉大な行者の教えとは? いきますよ 252 00:15:29,958 --> 00:15:34,541 人の心は散漫で 多くの事柄に関心が向く 253 00:15:34,625 --> 00:15:37,250 見る物 聞く物 嗅ぐ物 254 00:15:37,333 --> 00:15:40,208 思うまいとするほど思う 255 00:15:40,291 --> 00:15:42,250 1つの事柄のみ⸺ 256 00:15:42,333 --> 00:15:45,916 心に描ける集中力を 学ぶことだ 257 00:15:46,000 --> 00:15:48,958 修行すれば 任意の対象に⸺ 258 00:15:49,041 --> 00:15:52,458 約3分半 意識を集中させられる 259 00:15:52,541 --> 00:15:55,625 日々精進して20年はかかる 260 00:15:55,708 --> 00:15:57,291 “20年!”と私 261 00:15:57,375 --> 00:16:01,875 もっと長いかも できるとして普通20年だ 262 00:16:01,958 --> 00:16:03,541 私は老人に 263 00:16:03,625 --> 00:16:06,416 10年の者もいれば30年も 264 00:16:06,500 --> 00:16:09,333 1~2年で会得できる⸺ 265 00:16:09,416 --> 00:16:14,250 特別な逸材がいるが それは10億人に1人だ 266 00:16:14,333 --> 00:16:16,625 そんな難しいはずは… 267 00:16:16,708 --> 00:16:21,166 ほぼ不可能だ 試しに目を閉じ 考えろ 268 00:16:21,250 --> 00:16:24,291 1つのことを思い描くのだ 269 00:16:24,375 --> 00:16:29,541 すぐ心はさまよい出し 別の考えが忍び込む 270 00:16:29,625 --> 00:16:32,125 偉大な行者 かく語りき 271 00:16:33,708 --> 00:16:36,500 そして修行が始まります 272 00:16:37,083 --> 00:16:41,916 毎晩 座って目を閉じ 最愛の者を心に描く 273 00:16:42,000 --> 00:16:45,333 10歳で病死した兄の顔です 274 00:16:45,416 --> 00:16:49,208 集中しますが 心がさまよい出すと⸺ 275 00:16:49,291 --> 00:16:53,458 すぐ中止し 数分休憩 そして再び試す 276 00:16:53,541 --> 00:16:55,291 毎日5年続け 277 00:16:55,375 --> 00:16:59,750 兄の顔だけに1分半 集中できるように 278 00:16:59,833 --> 00:17:01,666 上達している 279 00:17:04,791 --> 00:17:08,833 その間 生活費は 奇術で稼ぎました 280 00:17:08,916 --> 00:17:13,708 手先は器用なんです でも修行は怠りません 281 00:17:13,791 --> 00:17:17,583 どこにいても毎晩 静かな場所で 282 00:17:17,666 --> 00:17:20,333 兄の顔に心を集中する 283 00:17:20,416 --> 00:17:23,583 時にロウソクも使いました 284 00:17:23,666 --> 00:17:27,041 ロウソクの炎は 3つから成る 285 00:17:27,125 --> 00:17:30,875 上が黄色 その下が藤色 中心が黒 286 00:17:30,958 --> 00:17:35,458 ロウソクを目と水平に 41センチ離します 287 00:17:35,541 --> 00:17:39,916 視線を調整する必要が ないようにです 288 00:17:40,000 --> 00:17:44,041 周囲の物が消えるまで 中心を見つめ 289 00:17:44,125 --> 00:17:48,000 その後 目を閉じ 兄の顔に集中する 290 00:17:48,916 --> 00:17:53,750 1907年 34歳の時 心がさまようことなく⸺ 291 00:17:53,833 --> 00:17:56,125 3分の集中に成功 292 00:17:56,208 --> 00:17:59,458 その頃 別の能力に気づきます 293 00:17:59,541 --> 00:18:01,291 かすかですが⸺ 294 00:18:01,375 --> 00:18:05,750 目を閉じて 何かを懸命に見つめると⸺ 295 00:18:05,833 --> 00:18:08,541 その輪郭が見えるのです 296 00:18:08,625 --> 00:18:10,583 行者の言葉です 297 00:18:10,666 --> 00:18:14,083 “聖者は非常な集中力を 会得して” 298 00:18:14,166 --> 00:18:17,000 “目を使わず物を見る” 299 00:18:17,083 --> 00:18:21,416 そこで毎晩 ロウソク修行を済ませると 300 00:18:21,500 --> 00:18:26,875 一服した後 目隠しをし 物を見ようとしました 301 00:18:26,958 --> 00:18:31,333 まずはトランプ 裏を見つめ 表を当てる 302 00:18:31,416 --> 00:18:33,583 すぐ成功率は6割に 303 00:18:33,666 --> 00:18:37,625 次に地図や海図を買い 部屋に貼って 304 00:18:37,708 --> 00:18:42,083 目隠し状態で見つめ 文字を読むのです 305 00:18:42,166 --> 00:18:46,291 これを続く8年間 毎晩 続けました 306 00:18:46,375 --> 00:18:50,958 1915年 目隠しで 本を読み切れるように 307 00:18:51,041 --> 00:18:54,291 やった ついに力を手に! 308 00:18:55,833 --> 00:18:58,541 奇術に取り入れました 309 00:18:58,625 --> 00:19:01,791 観客は喝采 でもトリックだと 310 00:19:01,875 --> 00:19:05,333 専門技術で 目隠しをした先生も⸺ 311 00:19:05,416 --> 00:19:08,375 信じようとしませんでした 312 00:19:08,458 --> 00:19:11,708 脳に映像を送る別の方法が 313 00:19:11,791 --> 00:19:14,208 彼は疲れ 黙り込んだ 314 00:19:14,291 --> 00:19:15,833 “別の方法とは?” 315 00:19:17,750 --> 00:19:19,750 分からないが⸺ 316 00:19:21,083 --> 00:19:23,958 体の別の部分で見てます 317 00:19:24,041 --> 00:19:24,958 どこで? 318 00:19:35,125 --> 00:19:39,833 私は眠れなかった 科学者は腰を抜かすはず 319 00:19:39,916 --> 00:19:41,875 貴重すぎる人材だ 320 00:19:41,958 --> 00:19:45,625 目を使わず 映像を脳に送る方法を⸺ 321 00:19:45,708 --> 00:19:48,375 科学的に解明しなければ 322 00:19:48,458 --> 00:19:51,833 それで盲人や聾者(ろうしゃ)を救える 323 00:19:51,916 --> 00:19:54,541 彼を大切にしなければ 324 00:19:54,625 --> 00:19:58,333 私は丁寧に 速記を清書し始めた 325 00:19:58,416 --> 00:20:00,416 5時間 書き続けた 326 00:20:03,125 --> 00:20:08,041 朝8時 重要部を書き上げた それが以上の内容だ 327 00:20:08,125 --> 00:20:13,291 休憩時 マーシャルと会い 話せるだけ話した 328 00:20:13,375 --> 00:20:15,916 “今夜またホールに行く” 329 00:20:16,000 --> 00:20:17,291 同行しよう 330 00:20:17,375 --> 00:20:19,875 6時45分ホールに到着 331 00:20:19,958 --> 00:20:22,458 車を停めて 会場へ 332 00:20:22,541 --> 00:20:26,625 “何か変だ” 客がおらず扉も閉まってる 333 00:20:26,708 --> 00:20:30,666 ポスターの上には 何か書いてある 334 00:20:30,750 --> 00:20:33,125 “本日の公演中止” 335 00:20:33,875 --> 00:20:37,208 門番に尋ねる “何があったんだ?” 336 00:20:37,291 --> 00:20:38,583 人が死んだ 337 00:20:38,666 --> 00:20:40,958 “誰?” 分かっていた 338 00:20:41,041 --> 00:20:42,916 目を使わず見る男 339 00:20:43,666 --> 00:20:45,208 “どうして?” 340 00:20:45,291 --> 00:20:49,625 寝て 目覚めなかった たまにあるんだ 341 00:20:52,750 --> 00:20:54,416 我々は車へ 342 00:20:59,125 --> 00:21:01,500 悲しみと怒りが襲う 343 00:21:01,583 --> 00:21:05,500 目を離さず 私の部屋で寝かせてれば… 344 00:21:05,583 --> 00:21:07,000 奇跡の男 345 00:21:07,083 --> 00:21:11,333 常人の及ばない 不思議な力を持った男 346 00:21:11,416 --> 00:21:13,083 それが死んだ 347 00:21:13,166 --> 00:21:14,833 マーシャルが言う 348 00:21:15,625 --> 00:21:16,875 終わったな 349 00:21:17,500 --> 00:21:20,750 “ああ”と私 “終わったんだ” 350 00:21:25,625 --> 00:21:30,291 以上がカーンとの 2度の出会いの記録だ 351 00:21:33,416 --> 00:21:34,916 これは! 352 00:21:35,708 --> 00:21:38,166 極めて興味深い 353 00:21:39,166 --> 00:21:41,750 ものすごい情報だ 354 00:21:42,916 --> 00:21:44,625 人生が変わるぞ 355 00:22:04,125 --> 00:22:06,541 彼が言った情報とは⸺ 356 00:22:06,625 --> 00:22:11,833 カーンがトランプを 裏から読む修行のことだった 357 00:22:11,916 --> 00:22:14,541 イカサマも辞さない彼は⸺ 358 00:22:14,625 --> 00:22:18,083 これで一財産 作れると思った 359 00:22:18,166 --> 00:22:23,208 彼は執事に ロウソクと 燭台(しょくだい)と定規を求め 360 00:22:23,291 --> 00:22:27,041 寝室に行き 鍵を掛け 部屋を暗くし 361 00:22:27,125 --> 00:22:29,625 鏡台にロウソクを置く 362 00:22:29,708 --> 00:22:33,083 芯の高さは 彼の目と水平だった 363 00:22:33,166 --> 00:22:38,541 定規を使い ロウソクから 40センチの所に陣取る 364 00:22:38,625 --> 00:22:42,125 カーンは最愛の者を 心に描いた 365 00:22:42,208 --> 00:22:46,458 死んだ兄だ ヘンリーは兄弟がいない 366 00:22:47,041 --> 00:22:49,958 そこで自分の顔にした 367 00:22:56,750 --> 00:23:01,583 炎を見つめだすと 驚くべきことが起きた 368 00:23:01,666 --> 00:23:04,791 心は空っぽ いら立ちが消える 369 00:23:04,875 --> 00:23:08,083 突然 炎の黒い無の部分に⸺ 370 00:23:08,166 --> 00:23:11,708 体が心地よく 包まれる気がした 371 00:23:12,291 --> 00:23:14,500 わずか15秒のことだ 372 00:23:14,583 --> 00:23:16,791 以後 どこにいても⸺ 373 00:23:16,875 --> 00:23:20,291 日に5回 ロウソク修行を行う 374 00:23:20,375 --> 00:23:23,291 1ヵ月後 何かに夢中になるのは 初めてだ 375 00:23:23,291 --> 00:23:24,041 何かに夢中になるのは 初めてだ 376 00:23:24,125 --> 00:23:27,083 めざましい上達ぶりだった 377 00:23:27,166 --> 00:23:30,083 半年後 半年後には1つの邪念も 浮かぶことなく⸺ 378 00:23:30,083 --> 00:23:31,625 半年後には1つの邪念も 浮かぶことなく⸺ 379 00:23:31,708 --> 00:23:34,541 3分の集中に成功する 380 00:23:34,625 --> 00:23:36,166 “私なんだ!” 381 00:23:36,250 --> 00:23:40,791 “短期で会得できる 10億人に1人の逸材は” 382 00:23:40,875 --> 00:23:44,333 1年目の終わり 5分半を超えた 383 00:23:45,250 --> 00:23:46,375 時は来た 384 00:23:49,916 --> 00:23:50,666 1959年9月16日 385 00:23:50,666 --> 00:23:52,833 1959年9月16日 自宅の居間 真夜中 彼は興奮していた 386 00:23:52,833 --> 00:23:55,083 自宅の居間 真夜中 彼は興奮していた 387 00:23:55,166 --> 00:23:59,041 トランプ透視に挑む まずは一番上 388 00:23:59,125 --> 00:24:02,833 最初は裏の 赤い模様を見つめた 389 00:24:02,916 --> 00:24:05,750 一番ありふれた図柄だ 390 00:24:05,833 --> 00:24:09,375 次にカードの表へと 集中を移す 391 00:24:09,458 --> 00:24:13,500 見えない部分を 一心不乱に凝視する 392 00:24:13,583 --> 00:24:17,916 30秒 1分 2分 3分 筋肉も動かない 393 00:24:18,000 --> 00:24:20,500 高度で完全な集中だ 394 00:24:20,583 --> 00:24:25,000 反対側を視覚化 邪念が入る余地はない 395 00:24:25,083 --> 00:24:27,375 4分が過ぎ 変化が 396 00:24:27,458 --> 00:24:29,333 少しずつだが⸺ 397 00:24:29,416 --> 00:24:33,125 黒い塊がスペードに 曲線が5に 398 00:24:33,208 --> 00:24:34,708 スペードの5 399 00:24:34,791 --> 00:24:38,000 震える指でカードを裏返す 400 00:24:39,041 --> 00:24:40,250 “やったぞ” 401 00:24:41,333 --> 00:24:45,291 食事を買う以外は 部屋から出ない 402 00:24:45,375 --> 00:24:49,583 時には夜まで 透視時間を計り 挑み 403 00:24:49,666 --> 00:24:51,833 徐々に時間は減る 404 00:24:51,916 --> 00:24:54,791 1ヵ月後1分半 半年後20秒 405 00:24:54,875 --> 00:24:58,000 その7ヵ月後10秒 目標は5秒 406 00:24:58,083 --> 00:25:02,875 5秒以内で読めないと カジノでは疑われる 407 00:25:02,958 --> 00:25:06,916 だが目標に近づくほど 到達が難しい 408 00:25:07,000 --> 00:25:11,083 10秒から9秒に4週間 8秒に5週間 409 00:25:11,166 --> 00:25:15,375 苦ではない 連続12時間でも平気だ 410 00:25:15,458 --> 00:25:17,791 できる確信がある 411 00:25:17,875 --> 00:25:20,333 最後の2秒に11ヵ月 412 00:25:20,416 --> 00:25:22,041 ある土曜の午後… 413 00:25:29,708 --> 00:25:33,583 5秒 続けて全部の カードを試す 414 00:25:33,666 --> 00:25:37,458 5秒 5秒 5秒 415 00:25:38,500 --> 00:25:40,833 会得に要した時間は? 416 00:25:41,666 --> 00:25:44,666 間断なき修行で3年3ヵ月 417 00:25:46,208 --> 00:25:48,625 ロンドンのカジノで⸺ 418 00:25:48,708 --> 00:25:52,750 ヘンリーのお気に入りは ローズハウス 419 00:25:52,833 --> 00:25:56,041 壮麗な建物の最高級カジノだ 420 00:25:56,125 --> 00:25:57,166 シュガー様 421 00:25:57,250 --> 00:25:59,916 顔を忘れないのが仕事 422 00:26:00,000 --> 00:26:03,125 立派な階段を上がり 両替所へ 423 00:26:03,208 --> 00:26:05,250 小切手で1万ポンド 424 00:26:05,333 --> 00:26:09,416 ルーレットに集まる女は 餌に群がる雌鶏 425 00:26:09,500 --> 00:26:14,125 男は欲でギラギラする目で チップを数える 426 00:26:15,541 --> 00:26:20,583 ヘンリーは金持ちに対し 初めて嫌悪感を抱いた 427 00:26:20,666 --> 00:26:25,166 ブラックジャック ディーラーの左の席へ 428 00:26:25,250 --> 00:26:28,250 高額チップをディーラーに 429 00:26:28,333 --> 00:26:31,458 中年前 目は黒 青白い肌 430 00:26:31,541 --> 00:26:33,791 ムダ口はきかない 431 00:26:33,875 --> 00:26:36,583 手が細く 指が計算機だ 432 00:26:36,666 --> 00:26:39,875 25ポンドチップを山積みに 433 00:26:39,958 --> 00:26:44,250 数えなくても間違わない チップが来た 434 00:26:44,333 --> 00:26:47,875 札箱の上のカードを 盗み見る 435 00:26:47,958 --> 00:26:51,375 10だ チップを8枚 200ポンド 436 00:26:51,458 --> 00:26:53,583 店の賭け金の最高額 437 00:26:53,666 --> 00:26:57,333 10が来た 2枚目は9 合計19だ 438 00:26:57,416 --> 00:27:02,083 普通は勝負 ディーラーが 下回るのを祈る 439 00:27:02,166 --> 00:27:04,708 ディーラーが… “19” 440 00:27:04,791 --> 00:27:07,333 隣の客へ “待て”とヘンリー 441 00:27:07,416 --> 00:27:11,333 戻ったディーラーの 視線は冷ややかだ 442 00:27:11,416 --> 00:27:13,583 “引くので?” 素っ気ない 443 00:27:13,666 --> 00:27:17,208 21を超えないのは Aか2だけ 444 00:27:17,291 --> 00:27:21,250 200ポンド賭けたら 19では引かない 445 00:27:21,333 --> 00:27:24,375 次のカードの裏が見えてる 446 00:27:24,458 --> 00:27:27,833 “もう1枚だ” 肩をすくめ 配る 447 00:27:27,916 --> 00:27:31,083 10と9の隣にクラブの2が 448 00:27:31,166 --> 00:27:32,708 “21”とディーラー 449 00:27:32,791 --> 00:27:37,500 彼の黒い目に 警戒と困惑の色が浮かんだ 450 00:27:38,666 --> 00:27:42,208 19で引く者は見たことがない 451 00:27:42,291 --> 00:27:46,750 この客は確信を持って引き しかも勝った 452 00:27:46,833 --> 00:27:50,166 ヘンリーは 失敗したと気づく 453 00:27:50,250 --> 00:27:52,500 注意を引いた “失礼” 454 00:27:52,583 --> 00:27:57,125 もう許されない たまに わざと負けねば 455 00:27:57,208 --> 00:28:02,583 ゲーム続行 有利でも 適度に勝つのは難しい 456 00:28:02,666 --> 00:28:07,916 1時間で3万ポンド もっと勝てたが やめる 457 00:28:08,000 --> 00:28:09,208 ありがとう 458 00:28:09,291 --> 00:28:14,458 ヘンリーが誰より早く 稼げるのは間違いない 459 00:28:16,666 --> 00:28:17,750 面白い 460 00:28:22,041 --> 00:28:24,333 これが創作なら⸺ 461 00:28:24,416 --> 00:28:28,583 予想を超える刺激的な結末が 必要なところだ 462 00:28:28,666 --> 00:28:30,250 劇的で意外 463 00:28:30,333 --> 00:28:33,416 例えば帰宅し 金を数えてると⸺ 464 00:28:33,500 --> 00:28:37,875 彼は気分が悪くなり 胸に痛みを感じる 465 00:28:38,875 --> 00:28:43,250 寝ようと服を脱ぎ パジャマを取りに 466 00:28:43,333 --> 00:28:46,458 壁の姿見を過ぎ 立ち止まる 467 00:28:46,541 --> 00:28:49,541 習慣で 鏡の自分に集中する 468 00:28:49,625 --> 00:28:54,250 すぐに肌を透視 X線写真よりも鮮明だ 469 00:28:54,333 --> 00:28:59,541 血が流れる動脈や静脈 肝臓 腎臓 腸 心臓 470 00:28:59,625 --> 00:29:01,708 痛みの元を見ると⸺ 471 00:29:01,791 --> 00:29:05,958 心臓の右側に続く大静脈に 黒い塊が 472 00:29:06,041 --> 00:29:08,916 血栓(けっせん)だ 最初は動かない 473 00:29:09,000 --> 00:29:12,083 それが少し動く 1ミリほど 474 00:29:12,166 --> 00:29:16,083 流れる血に押されて また血栓が動く 475 00:29:16,166 --> 00:29:19,166 1センチ 怯えながら見る 476 00:29:19,250 --> 00:29:22,666 静脈を移動する血栓は いずれ⸺ 477 00:29:22,750 --> 00:29:25,500 心臓へ 彼は死ぬのだ 478 00:29:25,583 --> 00:29:29,416 小説なら悪くないが これは実話だ 479 00:29:29,500 --> 00:29:32,333 ヘンリー・シュガーは仮名 480 00:29:32,416 --> 00:29:35,750 本名は今も 伏せる必要がある 481 00:29:35,833 --> 00:29:41,000 それ以外は実話だ だから本当の結末がある 482 00:29:41,083 --> 00:29:42,583 それを語ろう 483 00:29:46,916 --> 00:29:51,583 彼は歩いた 夜気が涼しい 街は寝ない 484 00:29:51,666 --> 00:29:56,500 上着の内ポケットには札束 優しく叩く 485 00:29:56,583 --> 00:30:01,041 1時間の稼ぎとしては大金 だが戸惑う 486 00:30:01,125 --> 00:30:04,583 大成功したが なぜか興奮しない 487 00:30:04,666 --> 00:30:09,041 修行以前の3年前なら 大騒ぎをして 488 00:30:09,125 --> 00:30:11,666 クラブで祝杯を挙げてた 489 00:30:11,750 --> 00:30:15,083 だが興奮どころか 気が滅入る 490 00:30:15,166 --> 00:30:17,916 賭けても勝つと知ってる 491 00:30:18,000 --> 00:30:21,083 スリルも緊張感もないのだ 492 00:30:21,166 --> 00:30:25,750 世界中を回って稼げるが それで楽しいか? 493 00:30:25,833 --> 00:30:30,166 それとヨガの能力を 会得する過程で⸺ 494 00:30:30,250 --> 00:30:33,833 彼の人生観が 変わった可能性は? 495 00:30:33,916 --> 00:30:35,041 あり得る 496 00:30:35,750 --> 00:30:38,458 翌朝 遅く起きたヘンリー 497 00:30:38,541 --> 00:30:43,208 鏡台の上の札束を見る 欲しいと思えない 498 00:31:07,500 --> 00:31:08,333 金だ! 499 00:31:08,416 --> 00:31:11,958 おはよう あげる プレゼントだ 500 00:31:14,000 --> 00:31:14,833 何? 501 00:31:15,625 --> 00:31:17,291 早くしまえ 502 00:31:18,458 --> 00:31:19,291 ああ 503 00:31:28,208 --> 00:31:29,250 何? 504 00:31:29,333 --> 00:31:30,166 金だ 505 00:31:30,250 --> 00:31:31,375 取っとけ 506 00:31:37,583 --> 00:31:38,416 見ろ! 507 00:31:41,875 --> 00:31:42,708 早く 508 00:32:17,541 --> 00:32:18,708 呼び鈴だ 509 00:32:18,791 --> 00:32:20,541 何のまねだ? 510 00:32:20,625 --> 00:32:23,000 失礼 金を恵んでいて 511 00:32:23,083 --> 00:32:24,500 暴動扇動だ 512 00:32:24,583 --> 00:32:28,000 もう やりません じき皆も帰る 513 00:32:28,083 --> 00:32:31,000 警官は50ポンド札を見せる 514 00:32:31,083 --> 00:32:34,333 “拾ったのか” “証拠品だ どこで?” 515 00:32:34,416 --> 00:32:37,166 カジノで勝った バカツキさ 516 00:32:37,250 --> 00:32:39,875 店名を言い 警官がメモ 517 00:32:39,958 --> 00:32:41,333 証言するさ 518 00:32:41,416 --> 00:32:44,958 手帳を下げた “知るか 関係ない” 519 00:32:45,041 --> 00:32:49,541 君の話は信じるが 全然 言い訳にならん 520 00:32:49,625 --> 00:32:52,083 違法行為をしました? 521 00:32:52,791 --> 00:32:53,708 違法? 522 00:32:54,458 --> 00:32:55,583 バカ者め! 523 00:32:56,333 --> 00:32:59,708 ツキまくり 大金を稼いだから⸺ 524 00:32:59,791 --> 00:33:02,750 恵むとして 窓から投げるか? 525 00:33:02,833 --> 00:33:06,958 善行を行う所へ恵め 病院や孤児院とか 526 00:33:07,041 --> 00:33:12,375 クリスマスの贈り物も 買えない所ばかりだ 527 00:33:12,458 --> 00:33:16,666 なのに貧乏も知らん 金持ちのアホウが⸺ 528 00:33:16,750 --> 00:33:19,666 道に金をバラまくとはな! 529 00:33:19,750 --> 00:33:23,666 警官は帰った 立ちすくむヘンリー 530 00:33:23,750 --> 00:33:27,750 彼の言葉と怒りが 心に深く刺さった 531 00:33:27,833 --> 00:33:30,708 恥じ入る 最悪の気分だ 532 00:33:36,916 --> 00:33:41,500 突然 雷に打たれたような 衝撃に襲われる 533 00:33:41,583 --> 00:33:45,208 大転換のアイデアが 頭に浮かんだ 534 00:33:45,291 --> 00:33:49,916 歩きながら 実現に向け ポイントを整理する 535 00:33:50,000 --> 00:33:52,333 1 今日から毎日⸺ 536 00:33:52,416 --> 00:33:54,916 大金をカジノで稼ぐこと 537 00:33:55,500 --> 00:33:59,250 2 同じ店に行くのは 半年に1度 538 00:33:59,333 --> 00:34:04,333 3 大勝ちは慎む 1晩5万ポンドが上限 539 00:34:04,416 --> 00:34:08,166 4 1晩5万で 365日だから⸺ 540 00:34:08,250 --> 00:34:10,916 年に1825万ポンドだ 541 00:34:11,000 --> 00:34:14,791 移動を続ける 1つの街に2~3晩 542 00:34:14,875 --> 00:34:20,083 モンテカルロ カンヌ ラスベガスという具合だ 543 00:34:20,166 --> 00:34:24,416 6 勝った金で 病院と孤児院を建てる 544 00:34:24,500 --> 00:34:29,083 夢なら陳腐だが現実なら? 私なら可能よ 545 00:34:29,166 --> 00:34:33,208 陳腐どころか とてつもないことだわ 546 00:34:33,291 --> 00:34:38,541 7 金を受け取り 必要な所へ送る相棒が要る 547 00:34:38,625 --> 00:34:41,791 絶対的に信頼できる 堅い人間 548 00:34:41,875 --> 00:34:45,041 ジョン・ウィンストンは 彼の会計士 549 00:34:45,125 --> 00:34:47,708 代々シュガー家の会計を担う 550 00:34:47,791 --> 00:34:49,708 大金持ちになれる 551 00:34:51,833 --> 00:34:54,000 なりたいと思わない 552 00:34:56,583 --> 00:34:59,250 英国だと税金で取られる 553 00:34:59,333 --> 00:35:04,125 スイスだ すぐは無理 私は独身ではない 554 00:35:04,208 --> 00:35:07,000 妻や同僚と話さないと 555 00:35:07,083 --> 00:35:11,916 それに家の問題や 子供の学校 時間が要る 556 00:35:12,000 --> 00:35:17,000 1年後 スイスのジョンに 1億2000万ポンド送金 557 00:35:17,083 --> 00:35:21,458 送金先はウィンストン・ シュガー合同会社 558 00:35:21,541 --> 00:35:25,708 金の出所や使途は 2人しか知らない 559 00:35:25,791 --> 00:35:31,333 週末は銀行が閉まるので 月曜の送金額が最大だった 560 00:35:31,416 --> 00:35:35,750 ヘンリーは頻繁に移動し 身元も変えた 561 00:35:35,833 --> 00:35:38,416 居場所を知るヒントは⸺ 562 00:35:38,500 --> 00:35:42,791 彼が送金した銀行の 住所という時も 563 00:36:02,541 --> 00:36:05,958 ヘンリーは肺塞栓(そくせん)で 63歳で死去 564 00:36:06,041 --> 00:36:09,166 死期を知りながら 安らかだった 565 00:36:09,250 --> 00:36:14,458 20年 計画に沿い続け 6億4400万ポンドを稼ぎ 566 00:36:14,541 --> 00:36:19,208 小児病院と孤児院を 世界に21も設立した 567 00:36:19,291 --> 00:36:23,333 出資と運営は ジョンが行っている 568 00:36:23,416 --> 00:36:25,000 任務完了だ 569 00:36:29,125 --> 00:36:33,208 なぜ私が子細を知るのか? 答えよう 570 00:36:33,291 --> 00:36:36,791 彼の死後 ジョンから電話が来た 571 00:36:36,875 --> 00:36:41,750 彼はウィンストン・ シュガー社の代表と名乗り 572 00:36:41,833 --> 00:36:47,000 スイスに来て 簡単な社史を 書いてくれと言う 573 00:36:47,625 --> 00:36:52,125 作家名簿から無作為に 私を選んだのかも 574 00:36:52,208 --> 00:36:54,375 稿料は はずむと言い 575 00:36:54,458 --> 00:36:58,291 “H・シュガーという 傑物が亡くなり” 576 00:36:58,375 --> 00:37:02,125 “彼の功績を伝えたい”と 付け加えた 577 00:37:02,208 --> 00:37:03,208 失礼だが⸺ 578 00:37:03,291 --> 00:37:07,541 活字にするほど 面白い話かと尋ねた 579 00:37:07,625 --> 00:37:11,041 ジョンは 気分を害したようで 580 00:37:11,625 --> 00:37:16,041 ヘンリーの秘密を5分 話してくれた 581 00:37:16,125 --> 00:37:21,083 もう秘密ではない 彼はカジノに行かないのだ 582 00:37:21,166 --> 00:37:23,083 私は“行く”と 583 00:37:23,166 --> 00:37:26,000 ジョンは70歳過ぎ 584 00:37:26,083 --> 00:37:30,291 メーキャップアーティストの マックスにも会った 585 00:37:30,375 --> 00:37:33,166 ヘンリーの変装担当だ 586 00:37:33,250 --> 00:37:37,333 2人は落ち込んでいた 特にマックスが 587 00:37:37,416 --> 00:37:39,625 実に偉大な男だった 588 00:37:39,708 --> 00:37:42,666 あの濃紺のノートも見た 589 00:37:42,750 --> 00:37:47,833 チャテルジーの書いた物だ 後に全部 書き写した 590 00:37:47,916 --> 00:37:49,375 最後に尋ねた 591 00:37:49,458 --> 00:37:53,083 ヘンリー・シュガーは 本名でないとか 592 00:37:53,166 --> 00:37:56,375 私の本で 本名を明かしても? 593 00:37:56,458 --> 00:37:57,750 “いかん”とジョン 594 00:37:57,833 --> 00:38:02,750 秘密にすると約束した いずれ漏れるかもな 595 00:38:02,833 --> 00:38:07,125 名家の出だが 詮索無用だとありがたい 596 00:38:07,208 --> 00:38:09,791 “ヘンリー・シュガー”で 597 00:38:11,833 --> 00:38:13,583 だから以上だ 598 00:38:20,791 --> 00:38:24,583 原作者のダールは グレート・ミッセンデンの 599 00:38:24,666 --> 00:38:27,916 執筆用小屋 ジプシー・ハウスにて⸺ 600 00:38:28,000 --> 00:38:31,375 1976年2月から12月に 本作を執筆した 601 00:38:37,458 --> 00:38:41,583 白鳥 602 00:38:42,250 --> 00:38:45,083 アーニーは誕生日に 銃をもらい⸺ “公共の歩道” 603 00:38:45,083 --> 00:38:45,166 “公共の歩道” 604 00:38:45,166 --> 00:38:48,750 “公共の歩道” 弾を持って 撃つ相手を探しに出た 605 00:38:48,833 --> 00:38:53,458 レイモンドの家の前で 甲高く口笛を吹く 606 00:38:54,250 --> 00:38:57,125 彼は親友 家は4軒先だ 607 00:38:57,208 --> 00:38:59,250 アーニーの銃を見て⸺ 608 00:38:59,333 --> 00:39:02,166 “すげえ”と言った “遊ぼうよ” 609 00:39:03,125 --> 00:39:06,375 2人は出かけた 5月の土曜の朝 610 00:39:06,458 --> 00:39:10,958 栗の花は満開で サンザシは垣を白く彩る 611 00:39:11,041 --> 00:39:15,958 2人は小道を進みながら 小鳥を見つけては撃った 612 00:39:16,041 --> 00:39:18,875 ウソにスズメにノドジロ 613 00:39:18,958 --> 00:39:23,583 線路へ着く頃には 14羽も紐(ひも)に下げていた 614 00:39:24,416 --> 00:39:27,583 アーニーが“あそこを見ろ” 615 00:39:27,666 --> 00:39:32,166 そこでは少年が 双眼鏡で木を見ていた 616 00:39:32,250 --> 00:39:33,833 “ワトスンだ” 617 00:39:35,333 --> 00:39:40,250 ピーター・ワトスンは ひ弱で そばかす顔に分厚いメガネ 618 00:39:40,333 --> 00:39:44,458 勉強ができて 13歳なのに上級のクラス 619 00:39:44,541 --> 00:39:49,875 音楽が好きでピアノも上手 運動は苦手 礼儀正しい 620 00:39:51,791 --> 00:39:55,041 体の大きな2人は忍び寄った 621 00:39:57,041 --> 00:40:02,208 小さな少年は 双眼鏡に夢中で気づかない 622 00:40:03,208 --> 00:40:05,583 “手を上げろ”とアーニー 623 00:40:05,666 --> 00:40:07,500 ピーターは驚いた 624 00:40:09,250 --> 00:40:11,916 2人の侵入者を見つめる 625 00:40:12,000 --> 00:40:14,250 “ほら 手を上げろよ” 626 00:40:14,333 --> 00:40:18,458 ピーターは双眼鏡を前に じっと立ち⸺ 627 00:40:18,541 --> 00:40:20,291 2人を見た 628 00:40:20,375 --> 00:40:23,875 怖くはないが 抵抗しない方がいい 629 00:40:23,958 --> 00:40:26,500 長年 いじめられている 630 00:40:26,583 --> 00:40:27,625 手を上げて 631 00:40:27,708 --> 00:40:29,583 それが賢明だ 632 00:40:29,666 --> 00:40:34,416 レイモンドが双眼鏡を奪う “誰を見張ってた?” 633 00:40:34,500 --> 00:40:36,708 ピーターは思案した 634 00:40:36,791 --> 00:40:42,083 逃げても すぐ捕まる 助けを呼んでも届かない 635 00:40:42,166 --> 00:40:46,708 だから騒がず 会話で打開するしかない 636 00:40:46,791 --> 00:40:49,166 “アオゲラを見てた” 637 00:40:49,250 --> 00:40:52,416 “何だと?” “オスのアオゲラだ” 638 00:40:52,500 --> 00:40:55,750 “木の幹を叩いて 虫を探してた” 639 00:40:55,833 --> 00:40:57,750 “どこだ?”とアーニー 640 00:40:57,833 --> 00:41:00,125 “撃ってやる” “ダメだ”と⸺ 641 00:41:00,208 --> 00:41:03,208 ピーターは 紐の小鳥たちを見た 642 00:41:03,291 --> 00:41:06,750 “声で飛んでった アオゲラは臆病な鳥なんだ” 643 00:41:12,583 --> 00:41:16,875 レイモンドの耳打ちに アーニーは腿(もも)を叩いた 644 00:41:16,958 --> 00:41:21,125 銃を下へ置くと ピーターを投げ飛ばした 645 00:41:21,208 --> 00:41:26,208 レイモンドが紐を切り 2人でピーターの手首を縛る 646 00:41:26,291 --> 00:41:27,791 “今度は脚だ” 647 00:41:27,875 --> 00:41:32,333 ピーターはもがいたが 腹を殴られ ぐったりした 648 00:41:32,416 --> 00:41:36,375 両足首も縛られ 身動きできない 649 00:41:36,458 --> 00:41:41,166 アーニーは銃を持ち 2人で少年を線路へ運ぶ 650 00:41:41,250 --> 00:41:46,083 ピーターは黙っていた 何を話したってムダだ 651 00:41:46,166 --> 00:41:51,166 2人は餌食(えじき)を線路に寝かせた この線路だ 652 00:41:53,166 --> 00:41:57,708 27年前の出来事だ 僕の名はピーター 653 00:41:58,958 --> 00:42:00,541 “紐を”とアーニー 654 00:42:04,625 --> 00:42:08,458 縛り終えると かろうじて動くのは⸺ 655 00:42:08,541 --> 00:42:11,208 頭と足先だけだった 656 00:42:11,291 --> 00:42:16,125 2人は仕上がりを吟味した “上出来だ”とアーニー 657 00:42:16,208 --> 00:42:19,166 “これは人殺しだ”と ピーター 658 00:42:19,250 --> 00:42:21,166 “そうかな”とアーニー 659 00:42:21,250 --> 00:42:25,875 “列車の下の隙間によるさ 寝てりゃ助かるかも” 660 00:42:27,333 --> 00:42:30,750 2人は土手を上り 茂みの陰へ 661 00:42:30,833 --> 00:42:32,958 タバコを吸い出した 662 00:42:33,041 --> 00:42:37,250 彼らは解放しない 凶暴でイカれた連中だ 663 00:42:37,333 --> 00:42:39,791 凶暴でイカれててバカだ 664 00:42:39,875 --> 00:42:44,833 “落ち着かなきゃ”と ピーターは考えを巡らせた 665 00:42:44,916 --> 00:42:46,791 一番高いのは鼻だ 666 00:42:46,875 --> 00:42:50,541 線路から10センチほど 出ている 667 00:42:50,625 --> 00:42:53,166 最近の機関車の隙間は? 668 00:42:53,250 --> 00:42:58,666 頭は枕木の間の砂利の上だ 少し下げないと 669 00:42:58,750 --> 00:43:04,375 頭を動かして砂利を押しどけ 小さな くぼみを作った 670 00:43:04,458 --> 00:43:08,833 これで5センチは下がった だが足は? 671 00:43:08,916 --> 00:43:13,583 足首を内側に曲げ 平らにして列車を待つ 672 00:43:13,666 --> 00:43:17,250 もし車両の下が 真空状態となり⸺ 673 00:43:17,333 --> 00:43:20,375 体が吸い上げられたら? 674 00:43:20,458 --> 00:43:24,791 集中して全身を地面に 押しつけないと 675 00:43:24,875 --> 00:43:28,666 “全身を固くして 地面に密着させろ” 676 00:43:28,750 --> 00:43:33,750 白い空を見ると 雲が1つ ゆっくり流れていく 677 00:43:33,833 --> 00:43:37,833 飛行機が雲を横切る 赤い単葉機だ 678 00:43:37,916 --> 00:43:42,000 彼は旧式の機体が 消えるまで見つめた 679 00:43:42,083 --> 00:43:43,166 すると突然⸺ 680 00:43:43,250 --> 00:43:47,083 奇妙な振動音が レールから聞こえた 681 00:43:47,166 --> 00:43:53,166 かすかなブーンという音で 遠くからレールを伝ってくる 682 00:43:58,916 --> 00:44:01,666 頭を上げて線路を 見やると⸺ 683 00:44:01,750 --> 00:44:04,958 一直線の先に列車が見えた 684 00:44:05,041 --> 00:44:09,541 最初は黒い点だったが みるみる大きくなり⸺ 685 00:44:09,625 --> 00:44:15,291 形を帯びて 機関車の前面の 大きな四角形となった 686 00:44:15,375 --> 00:44:19,750 彼は頭を砂利の くぼみに 押し入れると⸺ 687 00:44:19,833 --> 00:44:24,333 足首を曲げ 目を閉じ 地面に体を沈めた 688 00:44:24,416 --> 00:44:28,916 列車は大爆発のような轟音(ごうおん)で 襲ってきた 689 00:44:29,000 --> 00:44:31,625 同時に すさまじい爆風が⸺ 690 00:44:31,708 --> 00:44:35,041 鼻から肺へと吹き荒れる 691 00:44:35,125 --> 00:44:37,833 耳を裂く轟音 息詰まる風 692 00:44:37,916 --> 00:44:43,875 いきり立つ怪物の胃袋に 生きながら呑まれるようだ 693 00:44:43,958 --> 00:44:46,083 列車は通り過ぎた 694 00:44:46,791 --> 00:44:51,833 目を開けると白い空に まだ大きな雲が漂っていた 695 00:44:51,916 --> 00:44:54,375 終わった 彼は助かった 696 00:45:00,916 --> 00:45:01,583 “紐を切れ” 697 00:45:01,666 --> 00:45:05,458 アーニーの指示で レイモンドが切る 698 00:45:05,541 --> 00:45:10,250 “足を ほどいてやれ” 彼は言う通りにした 699 00:45:10,333 --> 00:45:13,375 “まだ捕虜だぜ”とアーニー 700 00:45:13,458 --> 00:45:17,416 2人は湖へと ピーターを引っ立てた 701 00:45:17,500 --> 00:45:20,125 手首は縛られたままだ 702 00:45:20,208 --> 00:45:25,208 アーニーは銃を持っている レイモンドは双眼鏡だ 703 00:45:28,833 --> 00:45:32,583 湖は細長く 土手には柳が立っていて⸺ 704 00:45:32,666 --> 00:45:37,000 中程の水は澄んでるが 岸近くは草深い 705 00:45:37,083 --> 00:45:39,750 “こうしよう”とアーニー 706 00:45:39,833 --> 00:45:43,208 “お前は両腕 俺は両脚を持ち” 707 00:45:43,291 --> 00:45:45,791 “草地の泥へ 放り投げるんだ” 708 00:45:45,875 --> 00:45:48,500 “あれを殺(や)ろう”と レイモンド 709 00:45:48,583 --> 00:45:50,541 ピーターは すぐ見た 710 00:45:50,625 --> 00:45:55,791 水面から50センチほど高く 草を積み上げた巣があり⸺ 711 00:45:55,875 --> 00:46:00,041 湖の貴婦人のような 純白の白鳥がいた 712 00:46:00,125 --> 00:46:03,583 彼らへ首を向け 警戒している 713 00:46:03,666 --> 00:46:06,041 “きれいだ”とレイモンド 714 00:46:06,125 --> 00:46:09,583 アーニーは捕虜の腕を放し 銃を構えた 715 00:46:09,666 --> 00:46:13,166 “野鳥の保護区だ”と 懸命なピーター 716 00:46:13,250 --> 00:46:15,083 “だから?”とアーニー 717 00:46:15,166 --> 00:46:20,125 込み上げる怒りにピーターは 冷静を保とうとした 718 00:46:20,208 --> 00:46:22,541 “白鳥は一番の保護鳥だ” 719 00:46:22,625 --> 00:46:25,958 “巣ごもりで ヒナを抱えてるかも” 720 00:46:26,041 --> 00:46:29,375 “お願いだ 撃たないで やめて!” 721 00:46:30,958 --> 00:46:36,291 弾は白鳥の頭に命中し 長い首が巣の外へくずおれた 722 00:46:46,666 --> 00:46:47,500 開けろ 723 00:47:00,500 --> 00:47:02,875 “手をほどけ 猟犬だ” 724 00:47:02,958 --> 00:47:05,833 レイモンドは 手首の紐を切った 725 00:47:05,916 --> 00:47:08,291 “取ってこい” “イヤだ” 726 00:47:09,125 --> 00:47:14,916 アーニーの激しい平手打ちに 鼻血がぽたぽた落ちた 727 00:47:15,000 --> 00:47:18,583 “もう一回 イヤだと言ったら⸺” 728 00:47:18,666 --> 00:47:21,500 “その白い歯を全部 折ってやる” 729 00:47:21,583 --> 00:47:23,625 “上も下もだ いいな?” 730 00:47:23,708 --> 00:47:24,666 答えない 731 00:47:24,750 --> 00:47:26,958 “答えろ 分かったのか?” 732 00:47:27,041 --> 00:47:29,708 “ああ”と静かにピーター 733 00:47:30,583 --> 00:47:34,833 彼は泣きながら 土手を下りて水の中へ 734 00:47:34,916 --> 00:47:38,500 息絶えた白鳥を そっと抱え上げた 735 00:47:38,583 --> 00:47:44,416 その下に2羽の小さなヒナが 身を寄せ合っている 736 00:47:44,500 --> 00:47:46,750 “卵は?”とアーニーが叫ぶ 737 00:47:51,416 --> 00:47:53,791 “1つもない”とピーター 738 00:47:59,000 --> 00:48:01,666 彼は白鳥を岸へ運ぶと⸺ 739 00:48:01,750 --> 00:48:05,541 地面へ置き 立って 2人と相対した 740 00:48:05,625 --> 00:48:08,833 目は涙に濡れ 怒りに燃えている 741 00:48:08,916 --> 00:48:11,333 “死ぬべきは君たちだ” 742 00:48:11,416 --> 00:48:14,833 アーニーは一瞬だけ 面食らったが⸺ 743 00:48:14,916 --> 00:48:18,000 すぐ小さな目を ぎらつかせた 744 00:48:20,291 --> 00:48:21,791 “ナイフをよこせ” 745 00:48:24,416 --> 00:48:27,333 彼は白鳥の翼と 胴体をつなぐ⸺ 746 00:48:27,416 --> 00:48:30,916 関節部にナイフを入れ 腱を切った 747 00:48:31,000 --> 00:48:35,125 ナイフは よく切れ すぐに翼は離された 748 00:48:35,208 --> 00:48:37,875 もう片方も切り取られた 749 00:48:37,958 --> 00:48:40,458 “紐を”と彼は手を出す 750 00:48:43,000 --> 00:48:48,791 1メートルほどを8本切ると 翼の端に沿って結んでいった 751 00:48:48,875 --> 00:48:50,125 “腕を出せ” 752 00:48:53,416 --> 00:48:57,500 ピーターは5月の美しい朝 湖畔に立っていた 753 00:48:57,583 --> 00:49:02,291 血のしたたる翼を 両脇に気味悪く下げて 754 00:49:02,375 --> 00:49:05,416 アーニーは手を叩き 踊った 755 00:49:12,416 --> 00:49:14,583 “気が済んだ?” 756 00:49:14,666 --> 00:49:17,291 “白鳥は喋らねえ”と アーニー 757 00:49:17,375 --> 00:49:21,375 彼らは土手を進んで 高い柳の下へ来た 758 00:49:21,458 --> 00:49:26,125 上から枝が垂れ下がり 湖面に届きそうだ 759 00:49:26,875 --> 00:49:28,500 “なあ 白鳥さん” 760 00:49:28,583 --> 00:49:33,125 “この木の てっぺんに登り 翼を広げて飛べ” 761 00:49:33,208 --> 00:49:35,041 “すげえ”とレイモンド 762 00:49:35,125 --> 00:49:39,708 2人の手の届かぬ所へ 行くのは魅力的だ 763 00:49:39,791 --> 00:49:44,416 登ったら そこにいよう 2人は追ってこない 764 00:49:44,500 --> 00:49:49,125 来ても 体重で折れそうな 細い枝へ逃げる 765 00:49:49,208 --> 00:49:53,083 登りやすい木だ 低い枝が何本もある 766 00:49:53,166 --> 00:49:55,083 “登れ”とアーニー 767 00:49:55,166 --> 00:49:58,333 ピーターは 登れる限界まで来た 768 00:49:58,416 --> 00:50:01,458 足元の枝は大人の手首ほど 769 00:50:01,541 --> 00:50:05,833 湖へ遠く伸び しなやかに下がっている 770 00:50:05,916 --> 00:50:07,875 立ったまま休んだ 771 00:50:07,958 --> 00:50:10,333 高さは約15メートル 772 00:50:10,416 --> 00:50:14,208 2人の姿は見えなかった 773 00:50:14,291 --> 00:50:15,458 “よく聞け” 774 00:50:15,541 --> 00:50:20,791 2人は離れた所から 木の上の彼を見ていた 775 00:50:20,875 --> 00:50:22,125 見下ろすと⸺ 776 00:50:22,208 --> 00:50:26,125 いかに柳の葉が まばらで細いか 777 00:50:26,208 --> 00:50:28,083 これでは丸見えだ 778 00:50:28,166 --> 00:50:30,125 “枝の上を歩いて⸺” 779 00:50:30,208 --> 00:50:34,083 “泥水の所まで行ったら そこから飛べ!” 780 00:50:34,166 --> 00:50:38,916 ピーターは動かず 遠くの2人をじっと見た 781 00:50:39,000 --> 00:50:41,458 2人は彼を見上げていた 782 00:50:41,541 --> 00:50:46,541 “10数えてまだそこにいたら 撃ち落とすからな” 783 00:50:46,625 --> 00:50:50,541 “白鳥 2丁上がりだ いくぞ” 784 00:50:50,625 --> 00:50:54,458 “1 2 3 4” 785 00:50:54,541 --> 00:50:56,333 “5 6” 786 00:50:56,416 --> 00:51:00,791 ピーターは動かない もう絶対に動くもんか 787 00:51:00,875 --> 00:51:04,166 “7 8 9 10!” 788 00:51:04,250 --> 00:51:08,166 アーニーが彼に向けて 銃を構えた 789 00:51:08,250 --> 00:51:12,625 銃声がした 弾丸が 頭をかすめる音も 790 00:51:16,000 --> 00:51:17,958 怖いが動じない 791 00:51:18,041 --> 00:51:20,291 アーニーが弾を込める 792 00:51:20,375 --> 00:51:23,500 “最後のチャンスだ 次は外さねえ” 793 00:51:23,583 --> 00:51:28,708 ピーターはキンポウゲ畑で 子分を従えてる彼を見た 794 00:51:28,791 --> 00:51:30,916 また銃を構える 795 00:51:31,000 --> 00:51:34,291 銃声と共に 弾丸が腿に当たった 796 00:51:34,375 --> 00:51:37,083 痛みより衝撃が激しく⸺ 797 00:51:37,166 --> 00:51:42,875 大槌(おおづち)で一撃されたように 立っていた両足が払われた 798 00:51:42,958 --> 00:51:48,208 必死にもがいて つかまった 小枝がポキッと折れた 799 00:51:57,375 --> 00:52:01,833 ひどい仕打ちが 忍耐の限界を超えると⸺ 800 00:52:01,916 --> 00:52:04,458 ただ屈服する人間もいる 801 00:52:04,541 --> 00:52:06,666 だが 数は少ないが⸺ 802 00:52:06,750 --> 00:52:10,333 なぜか征服されない 人間がいる 803 00:52:10,416 --> 00:52:13,666 戦時だけでなく平時にも 804 00:52:13,750 --> 00:52:15,791 不屈の精神を持ち⸺ 805 00:52:15,875 --> 00:52:21,625 苦痛にも拷問にも 死の脅威にも あきらめない 806 00:52:21,708 --> 00:52:24,166 ピーターは そんな1人だった 807 00:52:24,250 --> 00:52:28,833 木の上から落ちまいと もがいている時⸺ 808 00:52:28,916 --> 00:52:32,708 ふと自分は 勝つだろうと思った 809 00:52:32,791 --> 00:52:35,958 見ると 湖の上に光が輝いて⸺ 810 00:52:36,041 --> 00:52:40,625 そのあまりの美しさに 目を逸(そ)らせなかった 811 00:52:40,708 --> 00:52:43,958 光は手招きし 呼んでいる 812 00:52:44,041 --> 00:52:47,958 彼は光に飛び込むと 翼を広げた 813 00:52:49,750 --> 00:52:54,875 その朝 上空を旋回する 白鳥を3人が目撃した 814 00:52:54,958 --> 00:52:58,833 小学校教師と 屋根の修理人の男と⸺ 815 00:52:58,916 --> 00:53:01,250 野原にいた少年だ 816 00:53:01,333 --> 00:53:04,333 皿を洗っていた ワトスン夫人は⸺ 817 00:53:04,416 --> 00:53:07,583 たまたま顔を上げた その時⸺ 818 00:53:07,666 --> 00:53:12,708 巨大で白い何かが 裏庭の芝生に落ちるのを見た 819 00:53:12,791 --> 00:53:14,458 外へ飛び出す 820 00:53:14,541 --> 00:53:18,416 膝をついた前には 息子の ぼろぼろの姿 821 00:53:19,250 --> 00:53:22,291 彼女は叫ぶ “私のかわいい子” 822 00:53:24,625 --> 00:53:25,875 “一体 何が?” 823 00:53:30,083 --> 00:53:35,000 ダールは新聞の実話から 「白鳥」の着想を得て⸺ 824 00:53:35,083 --> 00:53:40,000 1976年10月に書くまで 30年間 構想を温めていた 825 00:53:46,583 --> 00:53:52,791 ネズミ捕りの男 826 00:53:52,875 --> 00:53:59,833 “「今日の」ニュース紙” 827 00:54:01,166 --> 00:54:04,375 その午後 ネズミ男は給油所へ 828 00:54:04,458 --> 00:54:09,791 柔らかな足取りでコソコソと 砂利道を音も立てずに 829 00:54:09,875 --> 00:54:15,208 肩には軍用のナップサック 古臭いコール天の上着 830 00:54:15,291 --> 00:54:18,958 ズボンの膝には 紐(ひも)を巻いている 831 00:54:19,041 --> 00:54:19,583 どうも 832 00:54:20,208 --> 00:54:21,083 駆除だ 833 00:54:21,166 --> 00:54:23,916 小さな目が店を見回す 834 00:54:24,000 --> 00:54:25,208 ネズミ捕り? 835 00:54:25,291 --> 00:54:27,208 ヤセて顔の線が鋭く⸺ 836 00:54:27,291 --> 00:54:31,291 2本の黄色い歯が 下唇にかぶさっている 837 00:54:31,375 --> 00:54:34,333 耳は丸く うなじ側にある 838 00:54:34,416 --> 00:54:39,083 目は ほぼ黒だが 人を見る時は黄色く光った 839 00:54:39,166 --> 00:54:40,000 早いね 840 00:54:40,083 --> 00:54:41,666 衛生局からだ 841 00:54:41,750 --> 00:54:44,333 ネズミを全部 捕るか? 842 00:54:44,416 --> 00:54:45,125 方法は? 843 00:54:45,833 --> 00:54:49,166 ネズミの居場所によるさ 844 00:54:49,250 --> 00:54:50,541 ワナを? 845 00:54:50,625 --> 00:54:51,541 ワナ? 846 00:54:51,625 --> 00:54:52,416 鼻で笑う 847 00:54:52,500 --> 00:54:54,666 ウサギじゃないぜ 848 00:54:54,750 --> 00:54:59,458 顔を上げ 鼻をひくつかせて 空気の匂いをかいだ 849 00:54:59,541 --> 00:55:03,291 ネズミは賢い 捕まえたけりゃ⸺ 850 00:55:03,375 --> 00:55:05,208 知識が要る 851 00:55:09,208 --> 00:55:11,541 奴らは人間を見てる 852 00:55:11,625 --> 00:55:15,333 駆除の準備をしてる間も じっとな 853 00:55:15,416 --> 00:55:17,208 下水仕事か? 854 00:55:17,291 --> 00:55:18,875 そうじゃない 855 00:55:18,958 --> 00:55:20,125 下水は厄介だ 856 00:55:20,208 --> 00:55:21,416 そうかな 857 00:55:21,500 --> 00:55:24,583 違うと思うなら やってみな 858 00:55:24,666 --> 00:55:27,333 どうやるか教えてくれ 859 00:55:27,416 --> 00:55:28,583 毒を置く 860 00:55:28,666 --> 00:55:30,833 具体的に どこへ? 861 00:55:30,916 --> 00:55:31,750 下水だ 862 00:55:31,833 --> 00:55:33,333 彼は勝ち誇る 863 00:55:33,416 --> 00:55:35,125 やっぱりな 864 00:55:35,208 --> 00:55:39,541 どうなると思う? 川みたいに流される 865 00:55:39,625 --> 00:55:42,791 じゃ どうする? ネズミ男さん 866 00:55:42,875 --> 00:55:44,666 彼は前へ出て⸺ 867 00:55:44,750 --> 00:55:49,625 業務上の秘密を明かす 秘密めいた声になった 868 00:55:49,708 --> 00:55:55,375 ネズミは かじる動物だ 何を与えられても かじる 869 00:55:55,458 --> 00:55:58,500 さあ 下水仕事だ どうやる? 870 00:55:58,583 --> 00:56:01,416 カエルのような喉声(のどごえ)と⸺ 871 00:56:01,500 --> 00:56:06,625 湿った唇で言葉を 味わうかのような話し方 872 00:56:06,708 --> 00:56:10,333 普通の茶色い紙袋を 持って入る 873 00:56:10,416 --> 00:56:13,083 中身は石膏(せっこう)の粉だ 874 00:56:13,166 --> 00:56:15,500 そいつをぶら下げる 875 00:56:15,583 --> 00:56:20,041 水に浸からず ネズミが届く高さにな 876 00:56:20,125 --> 00:56:21,541 クロードは聞く 877 00:56:21,625 --> 00:56:26,291 ネズミは泳いできて 袋を見つけ 止まる 878 00:56:26,375 --> 00:56:29,291 悪いニオイじゃない どうする? 879 00:56:29,375 --> 00:56:30,083 かじる 880 00:56:30,166 --> 00:56:33,125 そうだ かじると 袋が破れて⸺ 881 00:56:33,208 --> 00:56:36,625 口一杯に苦痛の粉をほおばる 882 00:56:36,708 --> 00:56:37,541 それで? 883 00:56:37,625 --> 00:56:38,916 おしまいだ 884 00:56:39,791 --> 00:56:41,041 死ぬ? 885 00:56:41,125 --> 00:56:42,041 石膏で? 886 00:56:42,125 --> 00:56:43,375 石膏は⸺ 887 00:56:43,458 --> 00:56:48,291 濡れると膨らむ 胃袋に入りゃネズミは即死 888 00:56:48,375 --> 00:56:50,083 これが知識さ 889 00:56:50,166 --> 00:56:52,208 “どうだ”という顔だ 890 00:56:52,291 --> 00:56:56,208 筋張った指を合わせ 顔に近づける 891 00:56:57,791 --> 00:57:00,166 さて ネズミはどこだ? 892 00:57:00,250 --> 00:57:04,916 溶かしバターで うがいをするような響き 893 00:57:05,000 --> 00:57:06,583 干し草の中だ 894 00:57:06,666 --> 00:57:07,375 野外か 895 00:57:07,458 --> 00:57:09,041 干し草だ 896 00:57:09,125 --> 00:57:13,541 家の食い物も荒らして 病気をまいてる 897 00:57:13,625 --> 00:57:14,875 体調は? 898 00:57:14,958 --> 00:57:16,875 厳しい目つきだ 899 00:57:16,958 --> 00:57:17,875 上々さ 900 00:57:18,541 --> 00:57:19,333 本当だ 901 00:57:19,416 --> 00:57:20,166 怪しい 902 00:57:20,250 --> 00:57:25,833 衛生局員気取りで 我々が健康なのを残念がった 903 00:57:25,916 --> 00:57:29,416 ネズミは干し草の中だ どうやる? 904 00:57:29,500 --> 00:57:31,750 歯を見せてニヤリとし⸺ 905 00:57:31,833 --> 00:57:36,750 ナップサックから缶を出すと 重さを量るように動かす 906 00:57:36,833 --> 00:57:39,208 毒だ 特別な猛毒 907 00:57:39,291 --> 00:57:42,958 スプーン1杯の所持で 禁錮6ヵ月 908 00:57:43,041 --> 00:57:46,041 こいつは100万人 殺せる 見るか? 909 00:57:46,750 --> 00:57:48,916 硬貨で こじ開ける 910 00:57:49,000 --> 00:57:49,833 ほら 911 00:57:49,916 --> 00:57:53,500 いとしそうな口ぶりで 彼に見せる 912 00:57:53,583 --> 00:57:55,125 トウモロコシか? 913 00:57:55,208 --> 00:57:57,583 オーツ麦を浸してる 914 00:57:57,666 --> 00:58:01,333 1粒でも口に入れたら 3分で死ぬ 915 00:58:01,416 --> 00:58:03,458 だから慎重に扱う 916 00:58:03,541 --> 00:58:05,875 缶をなでて軽く振る 917 00:58:06,791 --> 00:58:09,000 麦がやさしく鳴った 918 00:58:09,083 --> 00:58:12,375 今日は与えない 食わないしな 919 00:58:12,458 --> 00:58:16,750 これも知識だ ネズミは ひどく疑り深い 920 00:58:16,833 --> 00:58:21,291 だから今日は うまくて害のない麦をやる 921 00:58:21,375 --> 00:58:26,541 そうやって太らせて 明日も 次も その次も同じのをやる 922 00:58:26,625 --> 00:58:31,083 うまいから そこら中の ネズミがやって来る 923 00:58:31,166 --> 00:58:32,000 賢いな 924 00:58:32,083 --> 00:58:36,500 この仕事じゃ ネズミより賢くないとな 925 00:58:36,583 --> 00:58:38,000 “もうネズミだね” 926 00:58:38,083 --> 00:58:43,333 私は彼の顔を見ていたので 思わず口が滑った 927 00:58:43,416 --> 00:58:45,166 でも彼の反応は… 928 00:58:45,250 --> 00:58:45,791 そうとも 929 00:58:46,291 --> 00:58:51,458 腕のいいネズミ捕りは 何よりネズミに似てなきゃ 930 00:58:51,541 --> 00:58:55,791 ネズミの上を行くってのは 簡単じゃない 931 00:58:56,750 --> 00:59:01,500 始めよう ベンスン邸にも 早く行かないと 932 00:59:01,583 --> 00:59:02,666 ネズミが? 933 00:59:02,750 --> 00:59:04,583 どこにも出るさ 934 00:59:04,666 --> 00:59:09,875 ゆっくりとした足取りは ネズミに似ていた 935 00:59:09,958 --> 00:59:13,541 膝を曲げた 繊細なまでの歩き方 936 00:59:13,625 --> 00:59:16,541 砂利道でも音を立てない 937 00:59:16,625 --> 00:59:22,333 門を飛び越え 干し草の山を 周りながら地面に麦をまく 938 00:59:22,416 --> 00:59:25,000 翌日も来て繰り返した 939 00:59:25,083 --> 00:59:28,000 その翌日も同じだ そして⸺ 940 00:59:28,083 --> 00:59:31,416 4日目 毒入りの麦をまいた 941 00:59:31,500 --> 00:59:36,791 だが今度は干し草の各隅に 置いて 小さな山を作った 942 00:59:39,291 --> 00:59:40,250 犬は? 943 00:59:40,333 --> 00:59:40,958 いるよ 944 00:59:41,041 --> 00:59:44,916 犬を悶死させたきゃ 門の中へ入れな 945 00:59:45,000 --> 00:59:47,083 翌日 死骸を集める 946 00:59:47,166 --> 00:59:49,875 死骸を入れる袋をくれ 947 00:59:49,958 --> 00:59:53,458 得意気だ 黒い目が誇りに輝く 948 00:59:53,541 --> 00:59:56,791 自身の成果を見せたいのだ 949 00:59:56,875 --> 00:59:59,750 クロードが袋を取ってきた 950 00:59:59,833 --> 01:00:04,416 男は干し草を周り かがんで毒の山を調べた 951 01:00:04,500 --> 01:00:05,708 変だぞ 952 01:00:05,791 --> 01:00:07,916 ソフトだが怒りを含んだ声 953 01:00:08,000 --> 01:00:11,458 別の山へ歩いて仔細に調べる 954 01:00:11,541 --> 01:00:12,875 ひどく変だ 955 01:00:12,958 --> 01:00:13,958 どうした? 956 01:00:14,041 --> 01:00:17,125 明らかに毒が食われていない 957 01:00:17,208 --> 01:00:19,333 “賢すぎる種(しゅ)だ”と私 958 01:00:19,416 --> 01:00:20,583 彼は⸺ 959 01:00:20,666 --> 01:00:26,125 苛立ちが鼻の周りに見え 2本の歯で下唇を押す 960 01:00:26,208 --> 01:00:27,416 バカな 961 01:00:27,500 --> 01:00:28,708 私に言った 962 01:00:28,791 --> 01:00:34,458 ネズミは同じだ 誰かが うまいエサをやってるんだ 963 01:00:34,541 --> 01:00:38,625 腹一杯でなきゃ オーツ麦は必ず食う 964 01:00:38,708 --> 01:00:40,333 不機嫌そうに⸺ 965 01:00:40,416 --> 01:00:46,166 シャベルで毒入り麦をすくい 慎重に缶へ戻す 966 01:00:46,250 --> 01:00:49,833 それが終わると3人で戻った 967 01:00:50,916 --> 01:00:54,791 給油ポンプの横に立ち 今や謙虚な男 968 01:00:54,875 --> 01:00:57,541 陰気な顔つきだ 969 01:00:57,625 --> 01:00:59,958 失敗に黙りこくり⸺ 970 01:01:00,041 --> 01:01:04,750 邪悪な目で 2本の歯から 舌を出している 971 01:01:04,833 --> 01:01:08,000 私とクロードを ちらりと見た 972 01:01:08,083 --> 01:01:13,208 鼻で空気の匂いをかぎ 爪先立ちで上下すると⸺ 973 01:01:13,291 --> 01:01:15,833 秘密めかした声で言った 974 01:01:15,916 --> 01:01:17,250 見たいか? 975 01:01:17,333 --> 01:01:19,458 名誉挽回を狙っている 976 01:01:19,541 --> 01:01:20,083 何を? 977 01:01:20,166 --> 01:01:21,791 すごいものだ 978 01:01:21,875 --> 01:01:24,916 ポケットに 右手を突っ込むと⸺ 979 01:01:25,000 --> 01:01:28,541 生きたネズミを つまみ出した 980 01:01:28,625 --> 01:01:29,541 驚いたな 981 01:01:30,208 --> 01:01:31,166 これだ 982 01:01:31,250 --> 01:01:36,916 前かがみ気味でニヤリと笑い その大きなネズミを持つ 983 01:01:37,000 --> 01:01:42,416 咬(か)まれぬように2本の指で 首をしっかり固定して 984 01:01:42,500 --> 01:01:44,333 ネズミを持ち歩く? 985 01:01:44,416 --> 01:01:46,375 いつも1~2匹な 986 01:01:46,458 --> 01:01:50,000 もう1つのポケットに 手を入れ… 987 01:01:50,083 --> 01:01:50,916 フェレット? 988 01:01:51,000 --> 01:01:52,625 鼻先で笑う男 989 01:01:52,708 --> 01:01:55,416 フェレットは じっとしていた 990 01:01:55,500 --> 01:01:57,791 ネズミを瞬殺する 991 01:01:57,875 --> 01:02:03,458 ネズミの15センチほどまで フェレットの鼻を近づけた 992 01:02:03,541 --> 01:02:08,916 フェレットの目がネズミを 見つめ ネズミはもがいた 993 01:02:09,000 --> 01:02:09,625 さあて 994 01:02:10,208 --> 01:02:11,041 見てな 995 01:02:13,041 --> 01:02:18,625 シャツの襟元から裸の胸へ ネズミを滑り込ませた 996 01:02:18,708 --> 01:02:21,625 ネズミはベルトに阻まれる 997 01:02:21,708 --> 01:02:26,250 フェレットを入れると シャツ内で大騒動が 998 01:02:26,333 --> 01:02:29,916 ネズミが 逃げ回っているようだ 999 01:02:30,000 --> 01:02:33,750 小さな膨らみが 6~7周 追いかけ⸺ 1000 01:02:33,833 --> 01:02:39,625 1周ごとに差を詰めると ついに もう1つと合体した 1001 01:02:39,708 --> 01:02:42,416 格闘と甲高い鳴き声 1002 01:02:42,500 --> 01:02:45,666 この間 男は微動だにせず⸺ 1003 01:02:45,750 --> 01:02:51,083 脚を広げ 両腕を垂らし クロードに目を向けていた 1004 01:02:51,958 --> 01:02:57,416 ようやくシャツに手を入れ フェレットを取りだす 1005 01:02:57,500 --> 01:02:59,875 死んだネズミもだ 1006 01:02:59,958 --> 01:03:03,166 フェレットの 鼻の周りには血が 1007 01:03:04,416 --> 01:03:06,708 “楽しめないよ”と私 1008 01:03:06,791 --> 01:03:09,708 でも こんなの初めてだろ 1009 01:03:09,791 --> 01:03:11,083 確かに 1010 01:03:11,166 --> 01:03:13,833 そのうち腹を咬まれる 1011 01:03:13,916 --> 01:03:17,750 だが彼の感心ぶりに 調子を戻し… 1012 01:03:17,833 --> 01:03:23,125 もっと見るか 自分の目で 見なきゃ信じられないぞ 1013 01:03:23,208 --> 01:03:25,750 私は不安気に彼を見た 1014 01:03:27,791 --> 01:03:28,625 ああ 1015 01:03:29,375 --> 01:03:32,833 ネズミとフェレットを ポケットへ 1016 01:03:32,916 --> 01:03:36,833 ナップサックから 別のネズミを出した 1017 01:03:36,916 --> 01:03:37,750 まさか! 1018 01:03:37,833 --> 01:03:40,208 いつも持ち歩いてる 1019 01:03:40,291 --> 01:03:44,625 ネズミを知りたきゃ そばに置くことさ 1020 01:03:44,708 --> 01:03:48,291 老いたドブネズミだ とても賢い 1021 01:03:48,375 --> 01:03:52,416 俺が何をするか じっと見てるだろ 1022 01:03:52,500 --> 01:03:53,333 不気味だ 1023 01:03:53,416 --> 01:03:58,083 “何をする?”と私 さっきのより不愉快かも 1024 01:03:58,166 --> 01:03:59,583 紐をくれ 1025 01:03:59,666 --> 01:04:03,708 クロードが渡すと ネズミの後ろ足に結ぶ 1026 01:04:03,791 --> 01:04:06,583 ネズミは もがくがムダだ 1027 01:04:06,666 --> 01:04:08,208 中に机は? 1028 01:04:08,291 --> 01:04:10,250 “中は勘弁だ”と私 1029 01:04:10,333 --> 01:04:12,708 平たい物ならいい 1030 01:04:12,791 --> 01:04:16,041 給油ポンプに ネズミを置き⸺ 1031 01:04:16,125 --> 01:04:19,625 杭(くい)に足の紐を結んで つないだ 1032 01:04:19,708 --> 01:04:22,166 最初 ネズミは動かなかった 1033 01:04:22,250 --> 01:04:28,083 大きな灰色の体に黒い目で 曲がった尾を横たえ⸺ 1034 01:04:28,166 --> 01:04:32,333 顔を背け 男の行動を 横目で見ている 1035 01:04:32,416 --> 01:04:36,083 彼が下がると すぐ緊張を解いた 1036 01:04:36,166 --> 01:04:39,875 尻を付き 胸の灰色の毛をナメて⸺ 1037 01:04:39,958 --> 01:04:42,500 両前足で鼻をこする 1038 01:04:42,583 --> 01:04:45,791 我々など いないも同然だ 1039 01:04:45,875 --> 01:04:47,041 “賭けないか” 1040 01:04:47,125 --> 01:04:48,250 男が言う 1041 01:04:48,333 --> 01:04:49,791 “結構だ”と私 1042 01:04:49,875 --> 01:04:51,833 賭けると楽しい 1043 01:04:51,916 --> 01:04:53,291 対象は? 1044 01:04:53,375 --> 01:04:58,375 手を使わずネズミを殺せるか 俺は手を隠す 1045 01:04:58,458 --> 01:05:01,166 小遣い稼ぎに違いない 1046 01:05:01,250 --> 01:05:04,541 ネズミを見て 気分が悪くなった 1047 01:05:04,625 --> 01:05:09,083 ただ殺されるからでなく その方法の⸺ 1048 01:05:09,166 --> 01:05:11,291 熱量の大きさに 1049 01:05:11,375 --> 01:05:12,416 足で蹴る? 1050 01:05:12,500 --> 01:05:13,250 違う 1051 01:05:13,333 --> 01:05:13,916 腕は? 1052 01:05:14,000 --> 01:05:15,791 使わない 脚も手も 1053 01:05:15,875 --> 01:05:16,416 つぶす? 1054 01:05:16,500 --> 01:05:17,625 違う 1055 01:05:17,708 --> 01:05:18,250 見よう 1056 01:05:18,333 --> 01:05:19,500 1ポンドを 1057 01:05:19,583 --> 01:05:21,416 まさか 1058 01:05:21,500 --> 01:05:22,250 何を? 1059 01:05:22,333 --> 01:05:23,125 何もだ 1060 01:05:23,208 --> 01:05:25,083 じゃ やめよう 1061 01:05:25,166 --> 01:05:26,541 紐に手を 1062 01:05:26,625 --> 01:05:27,500 1シリング 1063 01:05:27,583 --> 01:05:29,583 胃の不快感が増す 1064 01:05:29,666 --> 01:05:34,791 だが出来事のあまりの磁力に 体が固まっている 1065 01:05:34,875 --> 01:05:35,833 あんたも? 1066 01:05:35,916 --> 01:05:37,625 小銭でやれと? 1067 01:05:37,708 --> 01:05:38,583 望まない 1068 01:05:38,666 --> 01:05:39,666 金は? 1069 01:05:39,750 --> 01:05:44,416 クロードは1シリング硬貨 男は6ペンスを2枚 1070 01:05:44,500 --> 01:05:45,333 よし 1071 01:05:45,416 --> 01:05:49,166 我々は下がり 男は前へ出た 1072 01:05:49,250 --> 01:05:51,833 上半身を前へ傾ける 1073 01:05:51,916 --> 01:05:56,166 ネズミは うずくまった 飛びかかる準備か 1074 01:05:56,250 --> 01:05:57,958 だが次には⸺ 1075 01:05:58,041 --> 01:06:02,625 後ずさりを始めた 紐がピンと張るまで 1076 01:06:02,708 --> 01:06:07,500 男は身を乗り出し ネズミを凝視した 突然… 1077 01:06:07,583 --> 01:06:08,416 パニックだ 1078 01:06:08,500 --> 01:06:10,208 横に飛んだ 1079 01:06:13,083 --> 01:06:16,791 紐が強く張り ネズミの体は戻された 1080 01:06:16,875 --> 01:06:18,375 うずくまり⸺ 1081 01:06:18,458 --> 01:06:23,208 限界まで男から離れ 恐怖で硬直している 1082 01:06:23,291 --> 01:06:27,875 男は さらにゆっくりと 顔を近づけていく 1083 01:06:27,958 --> 01:06:31,083 私は叫び出しそうになった 1084 01:06:31,166 --> 01:06:34,666 恐ろしく不愉快なことが 起こる 1085 01:06:34,750 --> 01:06:38,208 何か残酷なことが… だが見ねば 1086 01:06:38,291 --> 01:06:41,583 両者の間は 男の手の長さほど 1087 01:06:41,666 --> 01:06:44,375 ネズミは緊張で低姿勢 1088 01:06:44,458 --> 01:06:49,416 男の緊張には 固く巻かれた バネのような活力が 1089 01:06:49,500 --> 01:06:52,041 唇には うっすらと笑み 1090 01:06:52,125 --> 01:06:53,958 突如 襲いかかった 1091 01:06:54,041 --> 01:06:57,916 ヘビのような素早い一撃で 頭を前へ 1092 01:06:58,000 --> 01:07:00,041 下半身の筋力だ 1093 01:07:00,125 --> 01:07:02,666 口が大きく開く 1094 01:07:02,750 --> 01:07:03,791 2本の歯 1095 01:07:03,875 --> 01:07:06,541 大きな口に ゆがんだ顔 1096 01:07:07,875 --> 01:07:09,791 私は目を閉じた 1097 01:07:09,875 --> 01:07:13,333 また開けた時 ネズミは死んでいた 1098 01:07:13,416 --> 01:07:17,666 男は金をしまうと 汚れたツバを吐いた 1099 01:07:19,666 --> 01:07:21,791 こいつが甘みの素だ 1100 01:07:21,875 --> 01:07:25,791 チョコ業者も ネズミの血を使ってる 1101 01:07:25,875 --> 01:07:28,000 1滴ぐらい平気さ 1102 01:07:30,708 --> 01:07:32,458 ヘドが出る 1103 01:07:32,541 --> 01:07:35,000 でも あんたも食ってるぜ 1104 01:07:35,083 --> 01:07:38,166 お菓子はみんな ネズミの血だ 1105 01:07:38,250 --> 01:07:40,375 それ以上 言うな 1106 01:07:40,458 --> 01:07:45,333 大釜でボコボコ煮立たせ 長い棒でかき混ぜる 1107 01:07:45,416 --> 01:07:47,875 チョコ工場の秘密だ 1108 01:07:47,958 --> 01:07:51,791 ネズミ捕りが 血を供給してるのさ 1109 01:07:51,875 --> 01:07:54,291 急に男は気づいた 1110 01:07:54,375 --> 01:07:57,500 怒りで紅潮した我々の顔に 1111 01:07:58,583 --> 01:08:01,375 話をやめて背を向け⸺ 1112 01:08:01,458 --> 01:08:06,041 繊細な ゆっくりした 足取りで道路へ歩いた 1113 01:08:06,125 --> 01:08:09,000 砂利道を音も立てずに 1114 01:08:22,291 --> 01:08:23,125 不思議だ 1115 01:08:24,000 --> 01:08:25,958 毒麦は残っていた 1116 01:08:27,291 --> 01:08:31,208 干し草に何か栄養物が あるのかも 1117 01:08:47,666 --> 01:08:51,166 1940年代後半 ダールは アマーシャムに住み⸺ 1118 01:08:51,250 --> 01:08:53,250 「クロードの犬」を執筆 1119 01:08:53,333 --> 01:08:56,583 地元に触発された短編集で この作品も収録 1120 01:09:03,166 --> 01:09:08,083 毒 1121 01:09:15,958 --> 01:09:17,666 僕は深夜に帰宅 1122 01:09:18,625 --> 01:09:21,500 家が近づくとライトを消した 1123 01:09:21,583 --> 01:09:24,625 ハリー・ポープが寝てるから 1124 01:09:24,708 --> 01:09:27,083 でも寝室には明かりが 1125 01:09:27,166 --> 01:09:28,916 ポーチへ進む 1126 01:09:29,000 --> 01:09:34,416 踏み外さぬよう数えながら 上った 1 2 3 4… 1127 01:09:39,333 --> 01:09:42,208 ドアを開けて のぞくと⸺ 1128 01:09:42,291 --> 01:09:45,500 彼は横になり 身動きしない 1129 01:09:45,583 --> 01:09:47,791 ただ 小さな声がした 1130 01:09:47,875 --> 01:09:48,750 助けて 1131 01:09:48,833 --> 01:09:49,666 “助けて”? 1132 01:09:52,625 --> 01:09:54,875 僕が近づこうとすると… 1133 01:09:54,958 --> 01:09:55,791 来るな 1134 01:09:55,875 --> 01:10:00,625 かすかな声を必死で 絞り出すように言った 1135 01:10:00,708 --> 01:10:01,333 助けて 1136 01:10:02,541 --> 01:10:03,958 どうした? 1137 01:10:04,041 --> 01:10:06,041 靴を脱いでくれ 1138 01:10:06,916 --> 01:10:08,791 “靴を脱げ”? 1139 01:10:08,875 --> 01:10:11,833 空軍の飛行士 G・バーリングは⸺ 1140 01:10:11,916 --> 01:10:16,375 腹を撃たれて 日本人飛行士のことを言った 1141 01:10:16,458 --> 01:10:19,458 ハリーのような かすれ声で 1142 01:10:19,541 --> 01:10:22,708 そして もちろん 倒れて死んだ 1143 01:10:23,500 --> 01:10:24,500 靴を脱げ 1144 01:10:25,208 --> 01:10:26,291 “靴を脱げ”… 1145 01:10:28,375 --> 01:10:30,958 いぶかりながら従う 1146 01:10:38,250 --> 01:10:39,500 触るな 1147 01:10:41,916 --> 01:10:45,291 彼は体の4分の3に シーツを 1148 01:10:45,375 --> 01:10:47,666 パジャマ姿で大汗だ 1149 01:10:47,750 --> 01:10:52,291 確かに暑かったが 顔は濡れ 枕も湿ってる 1150 01:10:52,375 --> 01:10:53,833 マラリアかも 1151 01:10:53,916 --> 01:10:54,625 どうした? 1152 01:10:55,583 --> 01:10:57,625 アマガサヘビだ 1153 01:10:58,833 --> 01:11:00,583 いつ咬(か)まれた? 1154 01:11:00,666 --> 01:11:01,500 違う 1155 01:11:06,041 --> 01:11:07,250 まだだ 1156 01:11:09,291 --> 01:11:11,541 どういうことなのか 1157 01:11:13,416 --> 01:11:16,250 俺の腹の上で寝てる 1158 01:11:18,833 --> 01:11:20,833 思わず飛びのいた 1159 01:11:20,916 --> 01:11:26,625 腹を覆うシーツをよく見たが その下は分からない 1160 01:11:26,708 --> 01:11:29,833 腹の上に毒ヘビが 乗ってると? 1161 01:11:29,916 --> 01:11:30,750 そうだ 1162 01:11:38,291 --> 01:11:39,833 なぜヘビが? 1163 01:11:39,916 --> 01:11:43,625 本当は 喋るなと 言うべきだった 1164 01:11:44,625 --> 01:11:50,958 仰向けで本を読んでたら 胸のあたりに何か感じた 1165 01:11:51,041 --> 01:11:52,166 モゾモゾと 1166 01:11:54,291 --> 01:11:59,750 パジャマの上を這うヘビが 目の端に見えた 1167 01:12:00,500 --> 01:12:02,958 25センチほどのだ 1168 01:12:04,250 --> 01:12:08,541 動いちゃダメだと思い 固まって見てた 1169 01:12:08,625 --> 01:12:12,166 シーツの上へ移動するかと 1170 01:12:12,250 --> 01:12:13,750 彼は黙った 1171 01:12:13,833 --> 01:12:17,541 寝てるヘビを 起こしてないかと 1172 01:12:18,958 --> 01:12:20,458 シーツの下へ⸺ 1173 01:12:21,958 --> 01:12:26,000 潜るのを パジャマ越しに感じた 1174 01:12:27,125 --> 01:12:31,333 それから動きが止まって そこに寝てる 1175 01:12:35,208 --> 01:12:36,583 君を待ってた 1176 01:12:37,291 --> 01:12:38,625 どのくらい? 1177 01:12:39,750 --> 01:12:42,583 何時間も クソ何時間も 1178 01:12:42,666 --> 01:12:45,458 もう限界だ セキがしたい 1179 01:12:48,875 --> 01:12:52,375 実は アマガサヘビには 多い行動だ 1180 01:12:52,458 --> 01:12:56,041 人家の周りに棲(す)み 暖を好む 1181 01:12:56,125 --> 01:12:59,208 まだ咬まれてない方が驚きだ 1182 01:12:59,291 --> 01:13:04,625 もし咬まれたら すぐに 血清を打たないと死に至る 1183 01:13:05,458 --> 01:13:07,541 小さな こんなヘビ 1184 01:13:09,833 --> 01:13:15,583 子供部屋のドアの割れ目から 忍び入ることもある 1185 01:13:17,166 --> 01:13:21,375 農園主は 脚を咬まれた ヒツジの死骸を⸺ 1186 01:13:21,458 --> 01:13:25,750 切り開くと ドス黒い血が流れ出たと 1187 01:13:29,916 --> 01:13:33,208 “よし” 僕も ひそひそ声になる 1188 01:13:33,291 --> 01:13:35,625 “動くなよ もう喋るな” 1189 01:13:35,708 --> 01:13:38,333 “脅かさなきゃ咬まれない” 1190 01:13:41,000 --> 01:13:45,208 僕は寝室を出て キッチンのナイフを取り⸺ 1191 01:13:45,291 --> 01:13:49,500 彼が咬まれた時のために 備えた 1192 01:13:49,583 --> 01:13:51,958 切開して毒を吸う 1193 01:13:52,958 --> 01:13:55,583 “ハリー これが一番いい” 1194 01:13:55,666 --> 01:13:58,750 “シーツをめくって 見てみるのが” 1195 01:13:59,375 --> 01:14:01,375 君はバカか 1196 01:14:02,833 --> 01:14:06,708 その声は静かすぎて 感情がない 1197 01:14:06,791 --> 01:14:10,125 感情は目と口元に表れてた 1198 01:14:10,750 --> 01:14:14,583 ヘビが光に驚いて咬みつく 1199 01:14:16,583 --> 01:14:17,625 なるほど 1200 01:14:18,208 --> 01:14:20,375 めくった瞬間 払いのけ… 1201 01:14:20,458 --> 01:14:22,666 いいから医者を呼べ 1202 01:14:24,375 --> 01:14:27,333 “君が気づけ”と 目が語ってた 1203 01:14:27,416 --> 01:14:30,125 医者だ ガンデルバイを 1204 01:14:30,208 --> 01:14:35,125 僕は先生の電話番号を調べ 交換台を急がせた 1205 01:14:40,083 --> 01:14:41,500 ウッズです 1206 01:14:41,583 --> 01:14:43,458 まだ起きてるのか 1207 01:14:43,541 --> 01:14:45,666 毒ヘビの血清を 1208 01:14:45,750 --> 01:14:47,375 誰が咬まれた? 1209 01:14:47,458 --> 01:14:50,000 まるで耳の中の小爆発だ 1210 01:14:50,083 --> 01:14:54,166 まだです ヘビは ハリーの腹の上で寝てる 1211 01:14:54,250 --> 01:14:56,916 3秒間ほどの沈黙 1212 01:14:58,291 --> 01:15:02,000 今度は爆発でなく ゆっくりと… 1213 01:15:02,083 --> 01:15:04,958 動かず喋らずに いいね? 1214 01:15:05,041 --> 01:15:05,750 はい 1215 01:15:05,833 --> 01:15:06,958 すぐ行く 1216 01:15:07,041 --> 01:15:09,208 僕は寝室へ戻った 1217 01:15:11,500 --> 01:15:13,208 彼の目が追う 1218 01:15:13,291 --> 01:15:15,166 先生が動くなと 1219 01:15:15,750 --> 01:15:17,541 動いてるとでも? 1220 01:15:17,625 --> 01:15:19,125 喋るなとも 1221 01:15:19,208 --> 01:15:20,333 なら黙れ 1222 01:15:21,333 --> 01:15:26,500 彼が微笑む時に使う筋肉が かすかに痙攣(けいれん)し⸺ 1223 01:15:26,583 --> 01:15:29,250 話し終わっても続いた 1224 01:15:29,333 --> 01:15:32,166 イヤな感じだ 話し方も 1225 01:15:33,083 --> 01:15:35,166 先生の車が着いた 1226 01:15:37,166 --> 01:15:38,333 出迎える 1227 01:15:41,583 --> 01:15:42,750 どこだ? 1228 01:15:42,833 --> 01:15:47,791 先生は僕の前を素通りし 椅子にカバンを置き⸺ 1229 01:15:47,875 --> 01:15:52,791 底の柔らかいスリッパで 猫のように そっと歩いた 1230 01:15:52,875 --> 01:15:54,875 ハリーも見てる 1231 01:15:54,958 --> 01:15:59,833 先生は彼を見て 励ますように うなずいた 1232 01:15:59,916 --> 01:16:03,083 心配ない 私に任せなさい 1233 01:16:03,166 --> 01:16:05,375 先生とキッチンへ 1234 01:16:07,125 --> 01:16:08,125 準備だ 1235 01:16:08,208 --> 01:16:12,166 まず血清だが 手際よく打たねば 1236 01:16:12,250 --> 01:16:14,500 先生は注射器を持ち⸺ 1237 01:16:14,583 --> 01:16:18,291 針で液体を吸うと 僕に渡した 1238 01:16:18,375 --> 01:16:19,875 指示するので 1239 01:16:19,958 --> 01:16:21,250 僕らは寝室へ 1240 01:16:26,291 --> 01:16:28,416 ハリーの目が光る 1241 01:16:28,500 --> 01:16:32,833 先生はパジャマの袖(そで)を 慎重に まくり上げ⸺ 1242 01:16:32,916 --> 01:16:35,208 ベッドから離れて言った 1243 01:16:35,291 --> 01:16:38,416 注射をするが動かないでくれ 1244 01:16:38,500 --> 01:16:41,166 お腹に力を入れないで 1245 01:16:41,250 --> 01:16:44,708 ハリーの“微笑筋”が また痙攣した 1246 01:16:45,708 --> 01:16:49,291 先生はチューブで 二の腕を絞め⸺ 1247 01:16:49,375 --> 01:16:51,958 前腕の一部を消毒した 1248 01:16:52,041 --> 01:16:56,291 注射器をかざし 目盛りを読み 液を出す 1249 01:16:56,375 --> 01:16:58,250 ハリーは玉の汗で⸺ 1250 01:16:58,333 --> 01:17:01,833 顔用クリームが 溶け落ちるよう 1251 01:17:01,916 --> 01:17:05,458 前腕の静脈は すでに膨らんでる 1252 01:17:05,541 --> 01:17:08,833 先生は注射針を 腕と並行にして⸺ 1253 01:17:08,916 --> 01:17:11,250 静脈に斜めに刺した 1254 01:17:11,333 --> 01:17:14,166 ゆっくりと確実にスッと 1255 01:17:14,250 --> 01:17:17,208 ハリーは目を閉じ また開けた 1256 01:17:17,291 --> 01:17:19,583 先生は彼の耳元で… 1257 01:17:19,666 --> 01:17:23,791 もう咬まれても大丈夫 でも動かないで 1258 01:17:24,500 --> 01:17:25,833 もう安心? 1259 01:17:25,916 --> 01:17:27,541 そうではない 1260 01:17:27,625 --> 01:17:30,416 先生は額を拭き 唇を噛んだ 1261 01:17:30,500 --> 01:17:33,458 方法はある 方法はある… 1262 01:17:33,541 --> 01:17:36,458 彼は話しながら考えた 1263 01:17:38,208 --> 01:17:42,291 麻酔薬を施すのがいいだろう 1264 01:17:42,375 --> 01:17:45,000 ヘビが寝てる場所へ 1265 01:17:46,875 --> 01:17:48,333 名案だ 1266 01:17:48,416 --> 01:17:53,125 だがヘビは冷血動物で 麻酔が効きにくい 1267 01:17:53,208 --> 01:17:56,000 エーテルかクロロフォルム 1268 01:17:56,083 --> 01:17:57,125 同意 1269 01:17:57,208 --> 01:17:58,541 どっちだ? 1270 01:17:58,625 --> 01:17:59,583 僕に聞く? 1271 01:17:59,666 --> 01:18:00,500 クロロフォルム 1272 01:18:01,083 --> 01:18:03,166 先生は僕を玄関へ 1273 01:18:04,458 --> 01:18:07,291 私の家へ行け 息子が分かる 1274 01:18:07,375 --> 01:18:09,291 劇物の棚のカギだ 1275 01:18:09,375 --> 01:18:14,541 クロロフォルムを頼む 私は万一のために残る 1276 01:18:14,625 --> 01:18:15,833 急げ 1277 01:18:15,916 --> 01:18:16,500 靴を 1278 01:18:16,583 --> 01:18:17,541 要らない 1279 01:18:20,250 --> 01:18:23,166 車を飛ばし 15分で戻った 1280 01:18:26,250 --> 01:18:29,916 彼は神経がやられそうだ 1281 01:18:30,000 --> 01:18:32,083 どのくらいもつか 1282 01:18:35,791 --> 01:18:38,666 ハリーは同じ格好でいた 1283 01:18:38,750 --> 01:18:42,041 汗だくの顔で 僕に目を向ける 1284 01:18:42,125 --> 01:18:43,833 僕は微笑んだ 1285 01:18:43,916 --> 01:18:48,958 先生は さっきのチューブに 紙の漏斗(ろうと)を差し込んだ 1286 01:18:49,041 --> 01:18:53,541 マットからシーツを外し チューブを差し入れ⸺ 1287 01:18:53,625 --> 01:18:56,041 ハリーの体へと滑らせる 1288 01:18:56,125 --> 01:18:58,541 何てゆっくりなんだ 1289 01:18:58,625 --> 01:19:01,708 20分 40分 チューブは動かない 1290 01:19:01,791 --> 01:19:04,291 だが徐々に短くなった 1291 01:19:04,375 --> 01:19:08,875 今や先生も汗だくで 額と鼻の下に玉の汗 1292 01:19:08,958 --> 01:19:13,291 しかし 手元は確かで シーツを凝視してる 1293 01:19:13,375 --> 01:19:15,375 麻酔薬を要求され⸺ 1294 01:19:15,458 --> 01:19:21,000 僕はフタを外し しっかりと 手渡してから手を放した 1295 01:19:21,666 --> 01:19:27,375 ポープさん マットが濡れて 体の下が冷たくなるが… 1296 01:19:27,458 --> 01:19:28,625 さっさとやれ! 1297 01:19:29,291 --> 01:19:31,000 初めての大声だ 1298 01:19:31,083 --> 01:19:34,208 先生は彼を見て 仕事に戻った 1299 01:19:34,291 --> 01:19:37,541 麻酔薬を注ぎ 流れるのを待つ 1300 01:19:37,625 --> 01:19:39,500 また注ぎ また待つ 1301 01:19:47,541 --> 01:19:50,666 クロロフォルムの 濃い臭気が⸺ 1302 01:19:50,750 --> 01:19:55,708 看護師と軍医と白い長机の 不快な記憶を呼ぶ 1303 01:19:55,791 --> 01:19:57,375 先生は続けた 1304 01:19:57,458 --> 01:20:01,500 漏斗の上で 気化した蒸気が渦巻く 1305 01:20:02,083 --> 01:20:05,166 先生は手を止め 最後に注ぐと⸺ 1306 01:20:05,250 --> 01:20:07,583 チューブを抜いた 1307 01:20:07,666 --> 01:20:12,583 相当な緊張が伴ったはずだ 先生の声は… 1308 01:20:12,666 --> 01:20:14,791 念のため15分 待とう 1309 01:20:14,875 --> 01:20:16,291 彼に伝える 1310 01:20:16,375 --> 01:20:17,291 念の… 1311 01:20:17,375 --> 01:20:18,291 聞こえた! 1312 01:20:18,375 --> 01:20:21,666 先生は振り返り 激高した 1313 01:20:21,750 --> 01:20:25,125 にらまれたハリーは また痙攣する 1314 01:20:25,208 --> 01:20:26,833 15分が経った 1315 01:20:26,916 --> 01:20:31,541 先生は彼を 食い入るように見つめてた 1316 01:20:31,625 --> 01:20:35,875 動かすものかと 全神経を集中させて 1317 01:20:35,958 --> 01:20:41,125 目も離さず 声も発しないが こう叫んでるかに見えた 1318 01:20:41,208 --> 01:20:45,375 動くな 喋るな 最後で台なしにするな! 1319 01:20:46,500 --> 01:20:50,750 彼は口元を引きつらせ 汗をかき 目を開閉し⸺ 1320 01:20:50,833 --> 01:20:54,541 僕 シーツ 天井と見た 先生以外を 1321 01:20:54,625 --> 01:20:56,750 先生は彼を見すえた 1322 01:20:58,375 --> 01:21:03,125 風船が破裂する緊張感だが 目が離せない 1323 01:21:03,208 --> 01:21:06,750 先生がうなずいた 次へ進むのだ 1324 01:21:06,833 --> 01:21:07,916 向こうへ 1325 01:21:08,000 --> 01:21:10,791 シーツを同時にめくろう 1326 01:21:10,875 --> 01:21:13,000 君は動かないで 1327 01:21:24,250 --> 01:21:26,541 ハリーの胸が現れる 1328 01:21:26,625 --> 01:21:30,083 パジャマの ズボンの紐(ひも)は蝶結び 1329 01:21:30,166 --> 01:21:32,875 下には真珠貝のボタン 1330 01:21:32,958 --> 01:21:37,000 僕のパジャマには あり得ない代物だが⸺ 1331 01:21:37,083 --> 01:21:40,500 このドキドキの瞬間に 思うなんて 1332 01:21:40,583 --> 01:21:42,375 結局 何もない 1333 01:21:45,041 --> 01:21:46,208 じっとして 1334 01:21:46,291 --> 01:21:49,250 先生は体の脇や 脚の下を見る 1335 01:21:49,333 --> 01:21:52,125 用心を まだ潜んでるかも 1336 01:21:52,208 --> 01:21:53,041 ハリーは… 1337 01:21:55,250 --> 01:21:56,625 初めて動いた 1338 01:21:58,083 --> 01:22:00,916 突然 飛び起き 両脚を振り回す 1339 01:22:01,000 --> 01:22:04,250 先生は咬まれたかと メスを用意 1340 01:22:04,333 --> 01:22:08,000 だがハリーは マットを見て叫んだ 1341 01:22:08,083 --> 01:22:08,916 いない! 1342 01:22:09,000 --> 01:22:11,583 先生が彼を見上げる 1343 01:22:11,666 --> 01:22:15,916 咬まれてはおらず 咬まれそうにもない 1344 01:22:16,000 --> 01:22:17,625 問題なしだ 1345 01:22:17,708 --> 01:22:18,583 一応は… 1346 01:22:19,625 --> 01:22:21,333 夢でも見たか 1347 01:22:30,416 --> 01:22:34,125 本気で からかったんじゃない 1348 01:22:34,208 --> 01:22:36,291 気が抜けたせいだ 1349 01:22:36,375 --> 01:22:41,958 でもハリーは彼をにらんだ 頬全体に赤みが広がる 1350 01:22:42,041 --> 01:22:44,291 俺がウソつきだと? 1351 01:22:47,083 --> 01:22:49,500 先生は彼を見つめた 1352 01:22:49,583 --> 01:22:52,791 彼は前へ出る 目がぎらつく 1353 01:22:53,958 --> 01:22:56,458 ベンガルのドブネズミ 1354 01:22:56,541 --> 01:22:57,458 やめろ 1355 01:22:57,541 --> 01:22:59,125 薄汚い… 1356 01:22:59,208 --> 01:22:59,791 黙れ 1357 01:23:00,583 --> 01:23:01,666 やめないか! 1358 01:23:05,708 --> 01:23:08,458 僕は出ていく先生を追った 1359 01:23:08,541 --> 01:23:10,666 ハリーはイカれてる 1360 01:23:10,750 --> 01:23:12,166 暗い小道を横切り 先生の車へ 1361 01:23:12,166 --> 01:23:14,291 暗い小道を横切り 先生の車へ “ジュート” 1362 01:23:14,375 --> 01:23:15,833 先生は乗った 1363 01:23:15,916 --> 01:23:18,708 すごいよ 彼の命を救った 1364 01:23:18,791 --> 01:23:19,750 どうかな 1365 01:23:19,833 --> 01:23:24,250 だって もしかしたら… やっぱり命の恩人だ 1366 01:23:24,333 --> 01:23:25,625 違う 1367 01:23:28,208 --> 01:23:29,125 謝る 1368 01:23:30,583 --> 01:23:31,583 結構だ 1369 01:23:38,875 --> 01:23:41,625 ガンデルバイは走り去った 1370 01:23:54,500 --> 01:23:57,916 ダールは「毒」を 1950年1月に執筆 1371 01:23:58,000 --> 01:23:59,833 “ウッズ”の名は⸺ 1372 01:23:59,916 --> 01:24:05,083 ギリシャの戦いで戦死した 英空軍の飛行士に由来 1373 01:24:24,750 --> 01:24:27,416 小説家を志望する者は⸺ 1374 01:24:27,500 --> 01:24:31,291 次のような資質があると 望ましい 1375 01:24:32,375 --> 01:24:34,958 まず豊かな想像力 1376 01:24:36,166 --> 01:24:38,041 そして文章力 1377 01:24:38,125 --> 01:24:43,375 これで読者の頭の中に 場面を生き生きと描ける 1378 01:24:43,458 --> 01:24:46,541 この能力は与えられた才能 1379 01:24:47,166 --> 01:24:49,541 持っているか否かだ 1380 01:24:50,125 --> 01:24:52,750 さらに持続力 つまり⸺ 1381 01:24:52,833 --> 01:24:56,833 書き始めたら 諦めず書き続けること 1382 01:24:57,416 --> 01:24:59,291 何時間も 1383 01:25:00,583 --> 01:25:02,500 何日も 1384 01:25:04,083 --> 01:25:05,708 何週間も 1385 01:25:07,208 --> 01:25:09,416 何ヵ月も 1386 01:25:10,416 --> 01:25:12,916 時には何年も⸺ 1387 01:25:13,500 --> 01:25:14,791 何年も 1388 01:25:15,708 --> 01:25:17,583 完璧主義者たれ 1389 01:25:18,250 --> 01:25:23,625 書き上げても満足せず 何度でも書き直すこと 1390 01:25:23,708 --> 01:25:26,833 できるだけ 良い作品にする 1391 01:25:27,458 --> 01:25:29,541 強い自制心も要る 1392 01:25:29,625 --> 01:25:32,916 働くのは自分一人 ボスはいない 1393 01:25:33,750 --> 01:25:37,000 書かなくても クビにならないが⸺ 1394 01:25:37,666 --> 01:25:40,833 怠けても 誰も叱ってくれない 1395 01:25:40,916 --> 01:25:44,000 ユーモアのセンスは 欲しい 1396 01:25:44,083 --> 01:25:49,333 大人向けは必須でないが 児童書では重要となる 1397 01:25:53,958 --> 01:25:56,333 謙虚さはあった方がいい 1398 01:25:58,166 --> 01:26:03,208 自作を傑作と思う作家は トラブルを招きがちだ 1399 01:26:15,041 --> 01:26:20,041 日本語字幕 風間 綾平 石田 泰子 1400 01:26:21,305 --> 01:27:21,453 Watch Online Movies and Series for FREE www.osdb.link/lm